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クローズアップ
本連載では、現代の世界が直面する諸問題や各地の宗教事情に光を当て、国内外で活躍する学者・宗教者に その研究や活動について語っていただく。第一回は、日本仏教に造詣が深く、米国を代表する宗教学者の 一人であるウィリアム・ラフルーア・ペンシルバニア大学教授。同教授が近年研究テーマとしている生命倫理問題の 日米比較について話を聞いた。  (木曜日掲載)
ウィリアム・ラフルーア氏
異なる日米 の生命倫理観
平成17年(2005年)5月12日掲載
ペンシルバニア大学教授 ウィリアム・ラフルーア氏に聞く
ウィリアム・ラフルーア氏=米国カルビン大学卒。ミシガン大学で修士号、 シカゴ大学で哲学博士号取得。プリンストン大学、 カリフォルニア大学、上智大学などで教鞭を執る。筑波大学、国際日本文化研究センターで研究に従事。 一九八九年、第一回和辻哲郎文化賞受賞。西行、道元をはじめ日本仏教に関する著書・編著多数。近年は 生命倫理と宗教のかかわりに取り組む。
■生命倫理問題へのアプローチ
私は主に日本の中世仏教を研究してきましたが、最近は現代社会と宗教のかかわりについて 深い関心を持っています。『リキッド・ライフ』(邦訳『〈水子〉の文化人工妊娠中絶と日本仏教』、 青木書店、二〇〇五年十二月刊行予定)という本では、水子供養について考察しました。 アメリカにはそのような慣習はなく、多くの人が興味を示しました。アメリカの世論は、人工妊娠中絶に反対し、 非合法にしようとする立場と、各人の自由な選択にゆだねられているとみなす立場の二つに分かれています。 それは宗教的な反対か、世俗的な賛成かということも意味します。ですから、妊娠中絶は容認しながら堕胎児の ための宗教的儀礼を行なうというのは非常に興味深く感じられるのです。
私は日本で水子供養の研究を行ないましたが、その当時妊娠中絶はそれほど大きな問題にはなっていませんでした。 一方、脳死・臓器移植については数々の論争が持ち上がっていました。
 六年ほど前、森岡正博・大阪府立大学教授の『脳死の人』という本を読み、脳死の体の実際の状態が どのようなものかを初めて理解しました。それが契機となって、脳死・臓器移植に関心を持つようになりました。 また、以前ニューヨークで、免疫学者の多田富雄・東京大学名誉教授の「無明の井」という臓器移植を主題とする 非常に感動的な新作能を観ました。以来、多田教授をはじめ日本人が生命倫理について論じたさまざまな書物を 読むようになりました。
■脳死・臓器移植をめぐるアメリカの状況
最近私は日本人、特に宗教者、仏教者はなぜ脳死・臓器移植に対して大きな不安を抱いているのかについての 本を執筆しています。なぜなら、アメリカではすでにその問題をめぐる論争は下火になっているからです。
 当初はアメリカでも議論が起こりましたが、大多数のキリスト教徒やユダヤ教徒は、臓器移植は良いことだと 判断しました。しかし実際、多くのアメリカ人は内心では快く思っていませんし、臓器提供者でもありません。 言葉で肯定することと、実際に行動に移すということには大きな違いがあるのです。私は今後研究を通して、 再びアメリカで脳死・臓器移植の問題をめぐる討議を呼び起こしたいと考えています。

■日米両国の受け止め方の違い
現在アメリカが直面している問題は、多くの人が臓器を必要とする一方で、利用可能な臓器の数があまりにも 少ないということです。そのために膨大な努力とエネルギーが、臓器の確保に費やされています。
先日私の大学で生命倫理についての会議がありました。そこで話し合われたのは、ある人が脳死状態になった時、 その場にいる家族は脳死状態の人の肉体について語るべきではなく、その人がいかにすばらしい人物であったかと いう人間性のみを語るべきであるということでした。もし脳死状態の人の肉体について言及すれば、 周囲の人たちは臓器が摘出されるイメージが浮かんでしまい、それに反対しようとするでしょう。しかし人間性に ついてのみ語られれば、臓器提供をめぐる問題も軽減するだろうということでした。
日米両国で脳死・臓器移植問題の受け止められ方が異なるのは、宗教的背景の違いということのほかに、 情報をめぐる事情もあると思います。おそらく日本人は臓器移植の実態について、アメリカ人よりも多くの 情報を提供されているのではないでしょうか。アメリカ人はそうした情報からは遮断されています。なぜなら、 もし情報が公開されれば、人々は抵抗感を抱くようになるからです。
■日本の論議に学ぶこと
日本における脳死・臓器移植をめぐる論議からアメリカが学べることの一つは、臓器を受ける側の心理状態、 すなわち他人の臓器を獲得したいという熱望の高まりを無視してはならないということです。他人の死と引き換えに 自分自身や愛する人が恩恵を享受できるということに対する欲望を増大させることがいかにたやすいか。私は常々、 日本の仏教者がこの点について指摘を行なっていることに感銘を受けてきました。対照的に、アメリカでは臓器提供を 受ける側の心理状態についてはほとんど議論がなされていません。
■国際的な対話に期待
日本では脳死・臓器移植をはじめ生命倫理の諸問題への強い関心があります。ですから私たちは国際的な対話を する必要がありますし、さまざまな異なる宗教からの意見も聞くべきだと思います。私は、日本の仏教者はこうした 問題に対し、キリスト教やユダヤ教の思想家の意見を模倣するのではなく、仏教者としての明確な意思表明を行なう ように奨励したいと思います。
また宗教学者としては、さまざまな宗教の伝統を知ることも必要ですが、生命倫理の問題にも進んで関与して いくべきであると思います。なぜなら、生老病死は深く宗教に根ざした問題だからです。たとえ病院で生まれ、 病院で死ぬとしても、それは医学だけの問題ではありません。こうした問題に関心を持ち、 積極的に取り組む姿勢が大切だと思います。

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このページの最終更新日2005/09/16