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クローズアップ
多様な民族・文化が融合するブラジルは、約一億三千万人の信徒を擁する世界有数のカトリック大国である。 今回は、カトリック神学に精通し、ブラジルをはじめ現代世界の霊的・宗教的状況について幅広い研究活動を 展開するマリア=クララ・ビンジェメール氏に話を聞く。ブラジルの宗教事情や同氏が主な研究テーマとする シモーヌ・ヴェイユの宗教思想などを通して、キリスト教が提示する非暴力的なあり方の可能性を探る。
マリア=クララ・ビンジェメール氏
求められる非暴力的実践           平成17年(2005年)5月19日掲載
リオデジャネイロ・カトリック大学助教授
マリア=クララ・ビンジェメール氏に聞く
マリア=クララ・ビンジェメール (Maria Clara L. Bingemer) 氏=ローマのグレゴリアーナ大学で 神学を修め、一九八九年に博士号を取得。現在ブラジルのリオデジャネイロ・カトリック大学神学部助教授。 同大学神学人文科学センター長。イグナチウス・デ・ロヨラの霊性や現代の宗教思想家エディット・シュタイン、 シモーヌ・ヴェイユなどを研究。ラテン・アメリカ諸国で広く講演・講義を行なう。神秘主義、フェミニズム、 宗教多元論などの領域にも関心が深く、英語・ポルトガル語の著書は五十冊以上にのぼる。
■諸宗教が共存する国
ブラジルは世界最大のカトリック国といわれています。しかしそれが純粋なカトリックかという点では やや疑問もあります。なぜなら、多くの人は二つの宗教を同時に信仰しているからです。例えばブラジルでは、 アフリカ系の人々が人口の大きな割合を占めています。かつて奴隷貿易によって渡って来たアフリカ人の子孫は、 カトリック信徒となって数世代を経た後、次第に自らのルーツに興味を持ち始め、アフリカ起源の宗教・教団に属する 傾向が見られます。しかしアフリカ系の宗教に入信する人も、まずカトリックの洗礼を受けます。ですから世界で 最もカトリック信徒が多いという統計には曖昧な側面もあるのです。
このほかブラジルには、伝統的なプロテスタントの諸教派や近年急増しているペンテコステ派教会、 またさまざまな新興宗教や、熱帯雨林地域の先住民が伝承している宗教などがあります。
このように多様な宗教が共存している状況にあって最も大切なことは、ある宗教を強要したり、禁じたりすることなく、 各自がそれぞれの信仰のアイデンティティーを保持しつつ、他者と出会い、対話し、 相互に学び合うことだと思います。
■宗教の本質――キリスト教が象徴するもの
私は暴力と宗教のかかわりに関心を持ち、しばしばこのテーマで執筆や講義をしてきましたが、その目的は、 宗教の本質は真に非暴力的であり、徹底した愛であるということを示すことです。
キリスト教とは「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」という福音書の言葉に示されるように、 非暴力を極限まで追求し、表現した宗教であると私は考えています。十字架にかけられたキリストは、暴力によって 殺害されながらそれに抗わず、暴力をもって暴力に応じないという無垢の象徴だと思います。
暴力のただ中にあって、なすべき愛の行為とは、暴力を耐忍しつつ、他に攻撃を与えないということではないでしょうか。 世界中で暴力が蔓延している今日、特に私たちクリスチャンは、非暴力的実践を生活態度や心構えなど、 あらゆる面において行なうことが求められているのです。

■シモーヌ・ヴェイユの先駆性
私は主にシモーヌ・ヴェイユ(一九〇九〜四三、フランスの哲学者・思想家)について研究をしています。 彼女はかつてラテン・アメリカから世界的に広がった「解放の神学」をはじめ、多くの点における先駆者であり、 キリスト教会を啓発するような存在であると思います。
例えばヴェイユは一九三〇年代に労働者とともに工場で働きましたが、こうしたことはその後五〇年代にフランスで、 七〇年代にラテン・アメリカで、聖職者たちによって広く行なわれるようになりました。
またヴェイユは、諸宗教対話の先駆者でもあります。彼女はユダヤ系家庭の出身で、はじめは不可知論者でしたが、 後にキリスト教に惹かれるようになり、神秘的な体験もしました。しかし彼女は、クリスチャンであることは、 他の宗教の中に真理を見いだすさまたげになることはないと確信していました。現代のキリスト教神学が取り組んでいる テーマを、ヴェイユはすでに一九三〇〜四〇年代に先取りしていたのです。
彼女がエジプトや東洋のさまざまな宗教、インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』や世界各地の民間伝承などの中に どれほど豊かな真理の種子を見いだしていたかということは、大変興味深いことです。
私は最近、シモーヌ・ヴェイユの暴力をめぐる考察についての本を書き上げ、まもなく彼女の神秘体験をテーマに 執筆を始めますが、ブラジルの宗教的状況や社会問題を考える上で、ヴェイユの思想は非常に役立ちます。 なぜなら、彼女にとって暴力とは、常に貧困や不正をはじめ、人間の普遍的な問題と密接にかかわっているからです。
■個人レベルから平和の構築を
多様な問題を抱える今日の世界において、平和を実現するために最も大切なことは、まず自分自身の内面や 個人的な関係の中で平和を確立することです。平和はマクロレベルのみで達成することはできません。 一人ひとりが具体的な行動を通して、ミクロレベルからはじめる必要があります。その意味においても シモーヌ・ヴェイユのような人の存在は重要性を持ちます。
彼女は第二次世界大戦中、自ら前線に身を投じて、負傷した兵士たちを看護する計画を敢行しようとしました。 また同じころ、哲学者からカルメル会修道女となり、アウシュビッツ強制収容所で死亡したエディット・シュタインや、 ユダヤ系オランダ人の弁護士で、人々に奉仕するため強制収容所行きを志願し、二十七歳で亡くなった エティ・ヒレスムのような女性たちの行為も、大変象徴的で人々の心に強く訴えるものがあります。 
このように私たちは、最も適切なときに、暴力とは正反対の行為ができるように、常に注意深くあらねばなりません。 シモーヌ・ヴェイユはそれを明晰に心得ていたので、ヒトラーやナチスの暴力的な政策とは対極的な行動を 実践しようとしたのです。私たちはこうした人々のさまざまな行為を発見し、創造的に読み解いていく必要が あるのではないでしょうか。

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このページの最終更新日2005/09/16