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「生きる意味」の再構築を

文化人類学者・東京工業大助教授  上田紀行氏

  現代の日本仏教が抱える問題の核心に切り込みつつ、仏教の再生に向けてエールを送った著書『がんばれ仏教! お寺ルネサンスの時代』(NHKブックス)や、塾長をつとめる「仏教ルネッサンス塾」(東京都港区・曹洞宗青松寺)などの活動を通して、時代をひらく新たな僧侶や寺院のあり方を提唱する文化人類学者の上田紀行氏。人心の荒廃や、急速に移り変わる世相を背景に、今後、仏教あるいは宗教者に期待されるものとは何か。このほど、新刊書『生きる意味』(岩波新書)を上梓した上田氏に話を聞いた。         (聞き手=高橋由香里)
  (平成17年2月5日の中外日報紙面から)
上田紀行氏

 仏教に関する活動に携わるようになったきっかけは。

 上田 僕は東京の中産階級の家に生まれて、仏壇もなく、法事も三十すぎまでなかったんです。本当に仏教に向き合ったのは、二十代の後半にスリランカで二年間フィールドワークをして、村の民俗的な仏教である悪魔祓いを研究したことと、仏教を基盤にした農村開発運動・サルボダヤに出会ったことが最初です。

 サルボダヤ運動を通して、「仏教は世界を変えることができる」と思われたそうですね。

 上田 サルボダヤというのは、仏教の根本である四諦、苦・集・滅・道をダイナミックに読み替えることによって、村が苦しんでいるという現実から出発し、その原因を皆で考え、それを滅するということをイメージしながら実際に農村開発運動をやっている。貧しい村の人たちが無力感を克服し、それほど力が出せるのか、ということを目の前で見せてもらったのは大きかったですね。

 帰国後、日本の仏教に出会われた。

 上田 しばらくは、法事以外で仏教というものが僕の耳目に入ってくることはなかったのですが、転機になったのは、「全国ボランティア研修集会」で神宮寺(長野県松本市、臨済宗)の高橋卓志さんに出会ったこと。最初はお坊さんとはわからなかったけど、面白い人だなと。彼の寺というのもかなりユニークだということを知って、それまでのお寺に対する概念が塗り替えられたんです。お寺が社会を変えたり動かしていったりする拠点になるんだと、すごくびっくりしました。

 『がんばれ仏教!』では、個性的な活動を展開する僧侶を紹介されていますが、この方たちに共通するのはどのような点でしょうか。

 上田 自分の中に問いがあるということではないでしょうか。自分自身が仏教、仏というものでどのように救われていくのか。この二十一世紀に寺というものがあるのはどういうことなのかとか、一度、寺というものの存在に強く違和感を持った人たちが多いですね。

 仏教は「縁起を生きる」という点で、常に現代的な宗教であったと指摘されていますね。

 上田 仏教はその時代時代で非常に前衛的なものだと思うんです。そもそも仏陀自身がその時代でいえばすごくアバンギャルドな人で、それを支えたのは、ベンチャーのような新しく起こってきた人たちだった。それがいつしか保守化して時代に合わなくなると上座部と大乗が分派したり、たくさんの経典が出てきたり、その土地土地で改変を加えられていった。常に時代との関係を切り結んできた前衛であったからこそ仏教はここまで生き残ってきたし、その時代時代において力があった。それが、昔の伝統を後生大事に護持していくだけになって、時代とは関係なく縁起から切れてしまったら、当然力がなくなっていく。諸行無常の教えを説きながら、仏教だけはその法を逃れているとはとても考えられないわけです。そういう意味では、時代との関係性、現代性というものこそが仏教の本質だと思うんですね。

 「仏教ルネッサンス塾」は時代を切り拓く仏教をテーマに実施されていますね。

 上田 仏教関係の講演やシンポジウムで話をすることはそれまでも多かったのですが、お寺さんから仏教を復興させるような講座を作りたいのでその責任者になってくれと言われたときは正直驚きました。どちらかというと宗教の閉鎖性を批判する側にあったので。
 平成十五年五月に始めて、現在まで十二回開催しました。従来の仏教の枠にとらわれずに仏教の役割や可能性を探求しようということで、毎回多彩なゲストを招き、たくさんの人が参加しています。

 並行して行なっている「ボーズ・ビー・アンビシャス(お坊さんよ、大志を抱け)」について。

 上田 これは若手僧侶が宗派を超えて語り合う催しですが、『がんばれ仏教!』が出た後に開催した時は、本を読んできたという若手僧侶が全国から八宗派・六十人近く集まりました。皆何かをやりたいと思っている人たちで、とても活気のある場ができたんです。これまで他宗派の若手と話す機会があまりなくて、同じ仏教を語り合うことができてよかったと。

 僧侶の方々からはどのような意見が寄せられますか。

 上田 やる気はあっても場がないと感じている人は多いようですね。また、お寺って一般の人が思うほど裕福なところは多くないんですね。活動したくても事業はできないと感じている人もいる。それから、一般の人は批判はするけど頑張ったときに褒めないと。何をやっても反響がないと、やる気がなくなる。そういう意味で、『がんばれ仏教!』はなるべく多くのお寺さんに読んでほしいけど、一般の人にも読んでもらって、とにかくお寺に期待をしてほしいですね。それが逆に期待外れのときのガッカリ感を伝えることにもなるし、期待に沿うようなガッツを込めた動きがあった時に「待ってました」「ありがとう〜!」と掛け声がかかるというふうにしたいわけですね。

 新著『生きる意味』では、バブル崩壊後、個人の生きる意味を与えるものとしての宗教の可能性について言及されています。今年三月でオウム事件から十年目を迎えますが、今後宗教の担うべき役割とは。

 上田 今度の本は、これからは生きる意味を誰かが与えてくれるのではなく、一人ひとりがそれを創り出していく時代なんだということを書きました。右肩上がりの時には、先生や親の言うことを聞いていい子であれば幸せになるという時代が長く続いた。しかしそのいい子たちが今、リストラに遭ったり、学校などでとても傷ついている。現代は、経済不況以上に生きる意味の不況であると思うのです。これまでは個別の意味を考えることなく他の人と同じような幸福像を求めていればいい、というところで済ませてきたわけですね。自分が他の人と「交換可能」であって、自分の代わりはいくらでもいると。それなら、何で私は私なんだろうというのが今の生きる意味の問いなんです。
 宗教というのはまさに生きる意味を探求していくものじゃないですか。だけど今までの宗教は既製服の生きる意味になりがちなんです。今後はオーダーメードの生きる意味が必要になってくる。交換可能の反対は「かけがえがない」ということだと思うんですけど、交換可能ではなく、なぜ私は私なのかという問いが今の生きる意味の病を生み出しているのだと気がつかない宗教というのは、これからとても厳しくなると思います。

 「かけがえのなさ」が宗教者にも求められるということですね。

 上田 宗教者自身が自分の人生に問いを発見して、深い苦しみの中で答えを見つけていくからはじめて自分なりのものがわかってくるので、最初からこれが正しいということをおうむのように繰り返すようでは、もう交換可能の最たるものです。僧侶の方やお寺が自分たちのかけがえのなさや個性はどこにあるのかということを確立していく必要があると思いますね。

 現在の日本仏教のあり方については。

 上田 例えば「葬式仏教」ということがよく批判されていますが、僕自身は、祖先崇拝と仏教が結びついたというのは日本の中での縁起のなせるわざだと思っているので、葬式仏教否定派ではないんです。むしろいい葬式仏教にしてほしいと言いたいですね。開かれた本当にいい葬式にして、なおかつ何かそこに現代の慈悲像、あるいはそこに仏がいたならばそういう行動をしているだろう、という何ものかを示してほしい。それこそ、どこかの国の孤児を引き取っているとか、非行少年の話を聴いているとか、孤独な老人の世話をしているとか、何か「ああ、そこには仏がいるんだなあ」と実感できるお寺だったらお布施を払う気にもなるわけです。『がんばれ仏教!』に登場する僧侶たちは、イベントや社会運動といった面が強いけれど、皆、葬儀もものすごくきちんとやっているということは強調したいですね。

 今年五月から来年三月まで海外に行かれるそうですが、「仏教ルネッサンス塾」などの活動は続けていかれますか。

 上田 続けます。「継続は力なり」で、最初の年より二年目のほうが定着してきたし、かじりついても五年くらいはやりたいですね。それくらいやれば、そういう活動があるんだ、お寺は期待できるんだということを発信できるし、何らかの動きは起こるのではないかと思っています。現在五百とか千くらいのお寺はかなりのことをやっています。それが一万くらいに増えたら日本は大変なことになりますよ。その辺までは見たいですね。