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久米小百合さん


「異邦人」から教会音楽の世界へ 

教会音楽家   久米小百合さん 

   教会やミッションスクールを中心に、音楽を通じてキリスト教の世界を幅広い層の人々に伝えている久米小百合さん。昭和五十四年(一九七九)、久保田早紀の名で歌った「異邦人」は百四十万枚を超える大ヒットを記録し、異国情緒に満ちた独特な旋律は今なお多くの人を魅了し続けている。  五年間の芸能界生活から引退後、音楽伝道者として活動してきた久米さんは、今月、十三年ぶりとなる新作アルバム「天使のパン くめさゆり・さんびか集」をリリースし、七月八日にはパシフィコ横浜で開催される「日本プロテスタント宣教百五十周年記念大会」で特別賛美に出演する。「異邦人」から教会音楽の世界へ――。久米さんに心の軌跡を尋ねた。(聞き手=高橋由香里)
  (平成21年6月27日の中外日報紙面から)

■二十一歳でデビューされ「異邦人」が大きな反響を呼んだころはどのような心境でしたか。

  最初の曲からヒットするというのはまったく想像していませんでした。シンガーソングライターやアーティストというのは、長い時間をかけて蓄積してようやく自分の世界を理解してもらえると思っていましたので、うれしさと同じくらい不安もありました。
  自分の人生は各駅停車で少しずつ進んでいきたかったのですが、曲が売れるとすごく忙しくなりますし、過大評価もされるので、無理して頑張らなくてはならない。土台のない所に突然十階建てくらいのビルが建ってしまったような、行き先の分からない暴走列車に乗ってしまったような感じがしていました。

■その後、ご自身の音楽の原点をたどっていかれた。

  これからどこへ行けばいいのだろう、私の音楽って何だろう、と問いながら、自分のルーツとなっている音楽を探していく中で出合ったのが、子供のころ日曜学校で歌っていた賛美歌であり、教会音楽の世界でした。小学校以来離れていた教会にもう一度行ってみたいと思い、プロテスタントの教会へ通うようになりました。

■昭和五十六年(一九八一)に洗礼を受けられていますが、それによって変化したことはありますか。

  キリスト教の洗礼は、古い自分に死んで新しくよみがえることを意味しています。クリスチャンになってからは、迷うということがなくなりました。二つに一つを選ぶときも、聖書はどう言っているかとか、自分の信仰ならばどちらを取るかということが最も優先しますので。
  それから、どんなに小さなことにも意味があるということが分かりました。神様は人を生かしてくださっているので、いやなことや苦しいことにも意味があり、痛みが後から喜びに変わったり、つらいことも後から考えるとすごく人生勉強になっていたりすることがたくさんあって、感謝できないことが一つもなくなりました。

■ご結婚を機に芸能界を引退され、教会音楽の道に進まれた。

  結婚後は時々ミッションスクールや教会で音楽のお手伝いをしていましたが、もっと聖書のことを知りたいと思うようになり、神学校に入学して勉強しました。卒業後は牧師や宣教師になる人もいる中で、神学校の先生や学友が、ずっと音楽をやってきたのだから音楽伝道をしたら、と励ましてくださった。きっとそれが神様の喜んでくださる仕事かもしれないと思い、教会音楽家として歩み始めました。

■音楽伝道の活動では、「光」を伝えるということを大切にされていますね。

  芸能人やタレントは自分がスターとして光になる仕事です。でもクリスチャンだけではなく信仰を持つ方は全体がそうだと思いますが、自分が中心となって光り輝くのではなく、受けた光を反射するというような仕事ができたらと思っています。イエス様のことを伝えていくのは、神の方が光なので、歌ったり話したりする私もスターを指さす一人であり、本物の光がこっちにあるよ、と皆さんに興味を向けていただけるようなことができればいいですね。

■ニューミュージックの歌手時代とは歌われるテーマも大きく変わりましたね。

  以前は、やはり男性と女性の恋愛の歌がメーンでしたが、賛美歌の歌詞は神様をほめたたえている曲が多い。ほめたたえるってどういうことかと調べていくと、結局、神様に「アイラブユー」と言っているのが賛美歌なのですね。それまでは架空の恋人やストーリーを想像してラブソングを作っていましたが、今は神様に捧げるラブソングに変わったのかなと思います。

■表現される愛も異なる。

  世の中の歌を作っていた時は、もう愛は冷えてしまったとか、あなたは去ってしまったとか、終わってしまう愛を結構描いていました。でも聖書には、愛はいつまでも絶えることがないと書かれている。愛って終わらないんだ、と分かったことも大きな違いですね。

■現在は主にどのような活動をされていますか。

  聖書の世界をアートや旅、フードなどを通じてご紹介する「バイブル・カフェ」という活動を五年前から教会やカフェやレストランなどで続けています。各地で行なっているチャペルコンサートでは、古くからある賛美歌やオリジナルのCCM(現代的キリスト教音楽)のほか、童謡や小学唱歌、自分が音楽を好きになるきっかけになったポップスなどを幅広く歌っています。一般の方と信仰を持っている方の橋渡しのようなことができればと思っています。

■久米さんにとって「異邦人」とは。

  私は久保田早紀で「異邦人」を歌っていたころも「クリスチャンですか」とよく聞かれましたが、当時は信仰や教会からは遠ざかっていた。洗礼を受けて聖書を読み始めたら、異邦人とは神の民ではない、神の恵みや祝福から漏れてしまっている人という意味で使われていて、私自身が神様から背を向けた異邦人だったということをまざまざと知ることになりました。
  もし、レコードがすごく売れたり、でも実力がそぐわなくてアンバランスを感じたりということもなく、そこそこ普通の音楽生活をしていたら、私は何者なのだろうとか、自分の音楽や人生のルーツに戻らなければならないということは考えなかったかもしれませんし、クリスチャンにはなっていなかったかもしれない。そういう意味で、神様にそこまで向きを変えさせられたのが「異邦人」であり、芸能界での生活だったと思います。

■来月の「日本プロテスタント宣教百五十周年記念大会」では、特別賛美に出演されますね。

  プロテスタントの記念大会は五十年ごとに行なわれていますが、このようなタイミングの時に声を掛けてくださったのはとてもありがたいことです。もっと歌の上手な方や影響力のある方がたくさんいらっしゃると思いますが、あえて私のような者を見つけてくださり、音楽の奉仕をさせていただけるというのも、神様の深いご計画があるように感じています。


くめ・さゆり氏=昭和三十三年、東京生まれ。共立女子短期大学文科卒業。東京バプテスト神学校修了。昭和五十四年から五年間、久保田早紀の名でシンガーソングライターとして活躍。引退後は音楽伝道に携わり、現在、日本聖書協会親善大使、ゴスペル音楽院講師も務める。二十四日発売の新譜「天使のパン くめさゆり・さんびか集」(ミディ、三千百五十円)は伝統的な賛美歌やオリジナルソングなど十五曲を収録し、国内外のミュージシャンも参加している。