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廣中邦充住職

平成19年(2007年)1月3日1面

浄土宗西居院   廣中邦充住職に聞く
   取材中もひっきりなしにかかる携帯電話。毎日六十本はある。その相談に乗ったり指示したり、丁寧に対応する愛知県岡崎市の浄土宗西居院住職の廣中邦充氏。
   いじめ、不登校、ひきこもり、自殺など子どもをめぐる事件が相次いでいる。廣中住職は、十年前から不登校や暴走族、覚せい剤など薬物、家庭での虐待などさまざまな問題を抱える少年少女を自坊に預かり、更生させて社会に送り出す活動を続けている。送り出した子どもたちは四百人。
   若いころ、ワルだったという廣中住職。「子どもたちは自分と同じにおいがする」という。PTA会長を務める間、不登校の子どもが多いのに驚いて「おじさんのところにおいで」と誘ったのが始まりだった。運営費は年間二百五十ヵ所に及ぶ説教や講演などの謝礼で賄う。「金を出せない子どもは救えないというのは差別。これも虐待」と金は一切、受け取らない。廣中住職にボランティアにかける思いを聞いた。(聞き手=山田繁夫)


■問題を抱える子どもたちを預かるのは容易ではありませんが、心がけていることは。
廣中善悪のけじめと五戒。「諸悪莫作・衆善奉行」が原点です。これはお寺だからいえることです。私が親代わりになって学校へ通わせ、普通の家族でやるべきことを常の生活の中で当たり前のようにやっています。寺だからストレートに心に入り、子どもたちは普段の生活の中で戒を味わってくれます。
   私にはみ仏さま、元祖さま(法然上人)が後ろ盾になってくださっています。同じように、この子どもたちを命がけで守るという後ろ盾になる気持を持ち続けています。だから子どもたちも安心できる。一人でも多く救われる弥陀の本願、元祖さまの心を伝える布教だと考えています。
■子どもたちを守るために、寺院は地域でどうあるべきでしょうか。
廣中学校の先生には「ここまでしか言えない」部分や家庭の中まで立ち入れない部分があります。家庭のことや親のことは宗教者だから言えることもあります。檀信徒の家庭に間違いがあればこれを正すのも寺院の役割。寺院組織は檀信徒の中に学校教師やサラリーマン、経営者、弁護士、民生委員、児童委員など、いろんな人がいます。それが他の組織と違う特徴です。
   住職がそういう人たちのコーディネーターになってネットワークをつくり、一緒になって困っている人を助ける。お寺はそれが可能な場です。
   檀家の銀行支店長が、破産して屋敷が競売にかかっている別の檀家を助けようと知恵を貸し、助かった例もあります。助かった檀家さんは銀行で支店長に土下座をして感謝の気持を表わした。こういう時こそ僧侶冥利に尽きます。破産や多重債務などの問題を抱える家庭も少なくない。檀家の弁護士の協力を得て無料法律相談をやってもよい。学校の先生であれば勉強相談会をやってもよい。こういうコーディネートをするのが寺院のこれからの大切なあり方ではないでしょうか。

■なかなかその一歩を踏み出せないのでは。
廣中できることを少しずつ、無理をせずにやっていけばよいと思います。まず地域の子どもたちに「おはよう」の声かけから始めればよい。これが誰にでもできる仏教の教えの根本です。
   今、全国でおやじの会を組織しています。お父さんもお母さんも、おじいちゃん、おばあちゃんもみんなおやじです。そこで八・三四五六(はってんさんしごろく)運動をやっています。おやじはみんな子どもたちが登校する午前八時と、下校の時間帯の午後三時から六時まで、あいさつ、声かけ運動をしようと呼びかけています。
■具体的に何から始めるべきでしょうか。
廣中若い人をお寺に集めることから始めるべきだと思います。子ども会でもよい。子どもたちと接する機会をつくることで「この和尚さんに相談してみようかな」という思いを抱かせる。それが第一歩と思います。
■浄土宗としてできることは。
廣中全国の青年会が中心となって基本の善悪のけじめ、五戒を教える一日青年受戒の普及を呼びかけたい。尼僧道場を上手につかって、全国の不登校の少女を預かり、修行僧と一緒に生活して高校卒業の資格を取らせることのできるシステムを考えてもよいのではないかと思います。
   今の時代は、僧侶が寺で待っているのではなく、攻めなくてはいけない。自ら寺を出て相手に一歩踏み込むことです。これが托鉢の精神ではないでしょうか。寺から一歩踏み出す勇気が求められていると思います。

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このページの最終更新日 2007年1月9日