■座主上任に当たっての心境はいかがですか。
半田座主たいへん重大なお役を仰せつけられたと思います。天台宗では経歴法階で(座主になる)順番が決まっている。私は昭和五十八年に戸津説法をして、その四年後に望擬講、平成六年に擬講となり、已講、探題と進んだ。擬講になった時にはすでに、今日ある身が決められていたんですね。
私で二百五十六世となります。一抹の不安もあるが、伝教大師から連なる代々の座主が歩んでこられた姿を見て、何とかこの大任を果たしていきたい気持でいっぱいです。
今までは前の座主が亡くなると次の座主という順序でした。ところが、今回は渡辺恵進座主猊下が(健康上の理由で)御修法や大事な行事を充分果たし得ないということで、「半田さんは私が出仕できない時は、代理でよくやってくれた。そろそろ表に出てもいい」「あなたももう九十になる。元気なうちに、少し天台宗のためにやってみては」と背中をたたかれた。猊下の思し召しだし、お受けしようという気持になりました。
宗祖伝教大師様は修行するしかないと十九歳で比叡山に入られ、「六根相似の位を得るまでは何もしません」「愚が中の極愚、狂が中の極狂」と、自分を卑下して『山家学生式』を書かれた。この中で、国宝的人材を育成せよとおっしゃっている。私自身も今の末世の世の中にどう生きていくか、天台宗が現代でどうあるべきかを考えていかねばなりません。三千ヵ寺の天台寺院の住職の応援を得て、先頭を走っていきたいですね。
■子が親を、親が子を殺す世の中。こんな時代に仏教はどう力を発揮できるでしょうか。
半田座主昔は子どもは神様仏様の授かりものでした。今は少子化なのに授かっても勝手に殺している。どうしてこうなったのか。それは教育に原因があります。
子どもは大人の背中を見て育つ。その大人がだめなら子どももだめになる。その姿勢を正さなければいけません。伝教大師様が懺悔、懺悔と自省し、「これでもまだ足りない」と身を低くした姿は素晴らしい。その精神を生かさなければならない。
今の時代こそ、宗祖大師の教えにならい、人をつくっていかなければ。良い教育者ができて初めて、良い子どもができるものです。
私たちの若いころは合宿生活がよくありました。比叡山にも若い者がたくさん集まってくる居士林(在家信者の道場)がある。寝食を共にしていれば自然と他人を思いやれるはずです。
自分だけが良いのではなく、他人を思いやる伝教大師の慈悲の精神を持った人材をつくっていかなければ、絶対に世の中は良くなりませんよ。「穏やかな日本」を現出し、この世の中が極楽浄土にならなければ意味をなさないんじゃないか。
■師父の半田孝海・常楽寺元住職が第一回の原水禁世界会議の議長を務めたこともあり、核廃絶、平和問題に格別な関心を持っていらっしゃいます。平和実現に仏教は何ができるでしょうか。
半田座主私はヨーロッパに何回も行き、ローマ教皇とも会い、お互いに対話を繰り返せと言っています。怨みをもって怨みに対してはいけない。手をあげるのではなく、お互いにそれを抑えるよう話し合う時間がなければならない。対話がないから戦争になるのです。
一九八一年に来日したローマ教皇ヨハネ・パウロ二世は日本の宗教者に向かって、宗祖大師のお言葉「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」に共感するとおっしゃった。それを聞いた山田恵諦猊下(第二百五十三世座主)が忘己利他の精神はキリスト教にも相通じるということで、「ローマ法王は法華経の精神を受け入れようとしている」とまで言われた。お互いの教えを尊敬する気持があれば、宗教が違っても手をつなげるのではないでしょうか。
囚われの心を排除すれば、東西ドイツが一緒になった時のような感動を、宗教間でも共有できるのではないか。仏教は特に寛容の精神を重んじ、許し合うことがほかの宗教よりも強い。仏教がリーダーシップを取って「今こそ立ち上がれ」と言えると思うんです。
■比叡山の峻厳な雰囲気は維持していかなければならないでしょうが、一般の人にはまだまだ敷居が高いとの声もあります。
半田座主私も偉そうな坊さんではなく、親しまれる坊さんになろうと思っています。そういう坊さんになるには人間教育がなされねばならない。比叡山という立派な山岳道場があるのだから、ここで勉強したい人は大いに来てもらい、寝食を共にしてもらう。居士林の制度がもっと充実してくれば比叡山に来る人はもっと増えると思います。
比叡山独特の雰囲気をみんなに知ってもらい、認識を深めてもらうと、家に帰ってからもまた比叡山に行こうという気持になるのでは。観光的な面ばかりでなく、もっと純粋なところに達することができるのではないでしょうか。もちろん観光も大事だが、プラスアルファとして心の糧が得られる比叡山にしたいですね。
■昨年の比叡山は指定暴力団の法要問題がありました。イメージ回復や、開宗千二百年慶讃大法会の総仕上げで何かお考えはありますか。
半田座主延暦寺執行局と相談して、どういう方向が良いか、衆知を集めなければなりません。私の意見だけが通るものでもないので。みなさんの意見を得て、方向付けができた時に私としても発言があるかもしれませんが。上から言ったことがそのまま通るのではなく、集めた衆知に従って良いと思うところに運んでいきたい。