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大塚日正貫首

平成19年(2007年)8月2日7面

法華宗本門流大本山鷲山寺
   大塚日正貫首に聞く
   千葉県茂原市鷲巣の法華宗本門流大本山鷲山寺では、六年前に大塚日正貫首(獅子吼会会長)が晋山以来、平成二十二年に迎える「開山日弁聖人七百回遠忌」をめざして一大復興計画を進めている。日蓮聖人ゆかりの「一夏九旬の霊跡」を整備、仮本堂・研修宿泊施設・寺務所を兼ねた「法華会館」を建設し、現在「大本堂」建立の準備を進めている。大塚貫首に、鷲山寺門末の教会の一つ・獅子吼会と同寺のつながりや、鷲山寺復興にかける思い、寺の未来像などを聞いた。 (聞き手=齋藤祐一)


■鷲山寺は法華宗本門流の四大本山の中で最も深く日蓮聖人と直接のかかわりのある、歴史の古い霊跡といえますね。
大塚鷲山寺は日蓮聖人が「一夏九旬」(一夏九十日間)滞在した小早川内記公の邸宅跡に建っている。身延入山後、日蓮聖人は小早川氏との約束を果たすべく中老僧の一人、日弁聖人に命じて一宇を建立させた。それが鷲山寺です。
■鷲山寺と「獅子吼会」との関係は。
大塚私の曾祖母が鷲山寺の信仰で眼病が治ったことから祖父日現は鷲山寺に入信。やがて出家得度をし「獅子吼会」を創設。祖父、父日e、そして私と、それぞれ鷲山寺貫首に晋山しました。不思議な巡り合わせですが、祖父が貫首の時に、鷲山寺の旧本堂が茂原市観光協会主催の祭りの花火が落ちて焼失し、父が貫首の時に今の本堂を建立。そして三代目の私が新本堂を再建するという役割を担うことになりました。
■「新本堂」建立までの今後の予定は。
大塚現在、裏山の土留め工事などを進めています。新本堂は来年秋に着工予定で、日弁聖人七百回遠忌の正当年(平成二十二年)には落慶法要を執り行なえるように予定しております。
■大塚貫首が考える鷲山寺の将来像は。
大塚近未来的には、茂原市で一番の寺にしたい。さらに五十年後を見据えると、かつて関東法華の棟梁といわれ、塔頭が三十数ヵ寺あった鷲山寺の姿に再興されることを願っています」
■それには何が大事だと考えますか。
大塚これからの時代は、寺と檀家はお墓のみで結びつくだけではいけない、というのが私の持論です。
 
■と言いますと。
大塚お墓で結びついているだけでは、寺は発展しないと考えます。最終的には葬儀などもなくなるかもしれない。散骨などが普及し、お墓が不要になる可能性すら否定できない。「千の風になって」などという歌がはやっているが、「お墓無用論」だって飛び出してくるかもしれない。お墓のみの制度の上にあぐらをかいていては、寺は滅亡するということです。
■仏教本来の原点に帰れということですね。解決策はありますか。
大塚心を大切にすることです。信仰という心の結びつき以外に(解決策は)ない。過去の鷲山寺は霊験あらたかな、有り難い寺ということで成り立っていて、檀家がなかったそうです。お墓もなく菩提寺でもないが、信仰は有り難い鷲山寺でという信者を増やすことです。
■今後も霊園の経営には力を入れない?
大塚はい。お墓に頼り過ぎると僧侶に甘えと油断が生じます。怠慢でも檀家さんは逃げませんから。しかし心は寺から離れます。墓という結びつきがないと必死になる。油断すると、唯一の結びつきの心が離れてしまいます。そのため僧侶としての日々の修行に緊張感がわいてきます。
■大塚貫首は鷲山寺と獅子吼会本部(東京都新宿区中井)で月例法話を行なっていますね。
大塚はい。鷲山寺、獅子吼会だけでなく、各地各所で、月十回から十五回法話を行なっています。獅子吼会では一年三百六十五日、毎日交代で僧侶が法話をしております。僧侶として、仏の教えを伝えるのは最低の義務ですから。

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このページの最終更新日 2007年9月13日