■約十二年ぶりに「熱い祈りに命をかけて――僧侶と托鉢行脚の旅」をなさる目的は。
長嶺お経で地面の上で踊るのが私にとって最高の幸せなのです。前回以来ずっと「熱い祈りに命をかけて――僧侶と托鉢行脚の旅」をしたいと思っていましたが、今回お坊さんたちが協力してくださることになり、実現することになりました。苦の人生を送ってきた答えとして幸せを感じています。それを皆さんと分かち合いお役に立てるなら私の最高の喜びですし、それが使命であると思っています。
■今回は護国寺会場ですが、その後のご予定は。
長嶺十二年前、札幌、福岡の公園、京都の河原など十三ヵ所で踊りました。これからは弘法大師とゆかりの深い所でやりたいです。また青森の恐山、佐渡島、広島、長崎、昔の刑場でお坊さんにお経を上げていただいて踊りたいです。
■大地の上でお経で踊っているとどういう心境になるのですか。
長嶺地面の上で踊る時、長唄とかロックでは踊りたくないのです。地面でお経で踊る時は宇宙の中心の一点になり、無になるのです。本当に真空状態になり、おこがましい言い方ですが、私が宇宙の中心のようになるのです。大地の息吹が私の体に入ってきて、それが空に抜けていく時、何とも言えない無限のようなものを感じるのです。無の状態は曼陀羅の世界だと思います。それが見ている人たちに伝わって、命の尊さ、美しさ、幸せが分かると思うのです。生きていることの幸せを皆に感じてほしいと思っています。
■お経で、外で踊るということに意味があるのですね。
長嶺劇場で踊る場合は全然違います。外だから私は宇宙の一点になるんです。劇場でも無に近い状態になりますが、宇宙的感覚はないです。屋外では空が広がっているからそこに私の宇宙ができるのです。お経というのは一心に称えて、聞いている人たちに幸せを与えるものだと思います。今回の公演もそういうことです。
■七月の俳優座劇場での公演(『情炎のゆくえ』)では足がつって激痛があっても最後まで踊られましたね。
長嶺あの日はリハーサルで、本番と同じように踊ったのです。七枚衣装を着て踊り、ものすごく汗をかき、リハーサルが終わった時すでに脱水症状でした。体に水分が二g足りなかったのですがその後すぐ本番でしたから、コップ一杯の水で我慢したのです。脱水症状で体が硬直し、いよいよ動かなくなったら転がって踊ろうと思っていました。一時間四十五分の舞台の一幕が終わった時、数分間でしたが立つことも坐ることもできなかったので、周りの人がもう出るなって言ったんです。けれども硬直しても足がつらないようにして、最後まで踊りました。
■作家の佐藤愛子さんも観覧されてましたね。
長嶺後で佐藤先生には、足が動かなかったからその分、精神性が出て芸術的に高くなったとおっしゃっていただきました。
■長嶺さんの踊りは、命の素晴らしさを伝える踊りといわれていますが、この殺伐とした世の中をどうご覧になりますか。
長嶺自分が何なのか、生きるということや命の尊さを忘れて、つまらない物事ばかりを気にしているから殺伐となって殺生したり傷つけたりしていると思う。いま生きていることの有り難さを感じないと、何が正しいということが分かりません。自分を信じ生かされていることを感謝することが大切です。
■今後の生き方は。
長嶺私は踊るために生まれてきたと思っています。年をとっても、お坊さんたちと一緒に日本中踊って回れたらそれが一番の生きがいです。