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ゲシェー・ラクドル氏

平成19年(2007年)9月22日4面

チベット文献図書館長
   ゲシェー・ラクドル氏
   チベットを統治する中国政府は一日、ダライ・ラマをはじめすべての転生活仏(トゥルク)の選定を政府の管理下とすることを定めた新条例を発効させた。輪廻転生を基盤とするチベット仏教の根幹を揺るがしかねない法令に、米大統領諮問機関をはじめ国際社会からも懸念の声が高まっている。一九八九年からダライ・ラマ十四世のチベット語―英語の第一通訳兼仏教アシスタントとして世界各地で豊富な経験を重ね、現在は亡命政府のある北インド・ダラムサラでチベット文献図書館長も務めるゲシェー・ラクドル氏に、このほどチベットをめぐる状況や今後の展望について聞いた。(聞き手=高橋由香里)


■チベットの現状
チベット人は古来、言語や文化、宗教、政治などあらゆる側面において独自の伝統を保持してきました。しかし一九四九年に中国の侵攻が始まってから今日に至るまで、チベット人が自らの伝統文化を自由に学び、実践することは極めて困難な状況が続いています。
  仏教寺院は政府の厳しい監視と管理のもとに置かれ、チベット人の僧尼が僧院に入る上でもさまざまな制限があります。特に中国への忠誠と愛国心を持つことは最も重要な条件とされています。毎年多くのチベット人が自由を求め、ヒマラヤを越えてダライ・ラマ法王のいるインドのダラムサラに亡命してきます。
  そのような苦境の中で、チベット人は法王の精神的指導のもと、五十年以上にわたり非暴力の実践を続けてきました。戦いによってではなく、仏教に基づく「中道」のアプローチで問題の改善を目指しているのです。
■輪廻転生者の認定は中国政府の管理に
チベット仏教では、観音菩薩の化身として最も尊敬を集めるダライ・ラマをはじめ数多くの転生者が存在しています。これらの転生者たちは、前世の業の結果としてではなく、慈悲と愛によって、衆生を救うために自らの意志で繰り返しこの世に生まれ変わる力を持つと信じられています。
  中国政府は今月、今後すべての転生者の選定にあたって、政府への申請と認可を必要とすることを定めた条例を施行しました。これはチベット人の信教の自由と人権のさらなる侵害であり、受け入れ難いものです。なぜなら、転生した高僧の化身を選別する方法は、仏教の深遠な哲理と叡智に基づいて幾世紀にもわたって継承されてきたものであり、それを政治権力によって規制することは不可能だからです。
  すでに中国政府は一九九五年にも、ダライ・ラマ法王がパンチェン・ラマ十世の転生者として指名した少年の代わりに、独自に選んだパンチェン・ラマ十一世を擁立しました。しかし、たとえ当局が制度を管理したとしても、チベット人にはそれを本心から容認することはできないでしょう。私たちは、転生者選定の伝統は従来通りに存続すると確信しています。
■ダライ・ラマの役割
ダライ・ラマ法王は世界各地を旅する中で、特に三つの目的に重点を置いて活動しています。第一に人間の基本的な善なる価値を高めること。第二に諸宗教間の調和と相互理解を促進すること。第三にチベット問題の改善です。このうち法王が最も重視しているのは、第一の目的です。今日の世界は流血や苦しみに満ちています。それは、愛や思いやり、赦し、寛容といった人間の普遍的な善なる性質が失われているためです。
  法王は常に、自分はチベットの指導者としての地位はいずれ他のチベット人に譲ることがあるとしても、第一と第二の活動は、息を引き取るまで続けると明言しています。そのようなことから、法王は単にチベット仏教の指導者であるだけでなく、地球全体に平和と幸福をもたらす宗教指導者として、仏教徒であるか否かにかかわらず、世界中の人々から信頼を寄せられているのです。
■仏教を学ぶ今日的意義
現代人が直面している苦しみは、個人レベルから世界規模の問題に至るまで、その大半は天災などではなく人間が自らつくりだすものです。人為的な苦しみは、誤った見解や思考方法から生じます。私たちは真実に基づいて物事を正しく考えるべきであり、仏教はその真実を教えるものです。個人レベルで正見を育むことができなければ、戦争をはじめ、より大局的な問題を解決することもできないでしょう。
  仏教ではすべてのものは連関し合って存在するという「縁起(interdependence)」の教えを説きます。現代の世界はより密接な相互依存の上に成り立っています。そのため、他者や他の共同体、他国を破壊することは、ある意味で自分自身を破壊することにもつながるのです。このような状況の中で人間の正しいあり方とは、お互いを思いやり、調和を保つように努めることです。こうした物の見方を人々が理解できるようになれば、世界のあり方は全く違うものになるでしょう。
■チベットをめぐる今後の展望について
私たちはチベット問題の解決に期待し、将来を楽観的に考えています。あらゆるものが急速に変化し、結合を強めている今日の世界において、いつまでも同じ状況が続くことはないでしょう。EU(欧州連合)の例を見ても、かつて敵国同士であったフランスとドイツは今では友好国となり、EU加盟国の多くは単一通貨を用いるようになりました。東欧諸国やロシアでも共産主義は崩壊し、民主主義へと移行しました。自由と幸福への願いは、すべての人間の血に流れている真実です。それはいかなる権力に阻まれ、どれほど長い時間がかかるとしても、必ず実現すると信じています。
■日本人に可能な協力
日本は自由な国であると同時に、過去においては多大な苦難や破壊を経験した国でもあります。ですから、他国の人々の苦しみを見れば、それがどのようなものかを容易に想像できるのではないかと思います。日本は物質的な豊かさを達成した一方、精神的には仏教国としての伝統を保持する世界でもまれな存在です。同じ仏教に根ざした文化圏として、日本人には他の仏教国の人々の苦難を助ける、あるいは少なくとも関心を喚起する役割を果たすことができるのではないでしょうか。「まさかの友こそ真の友」ということわざがありますが、チベット人は今、友人を必要としています。それはともに戦うためというのではなく、生きとし生けるもの、そして世界の平和と幸福に寄与する貴重な仏教文化をともに守るための友人です。

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このページの最終更新日 2007年10月23日