■遠諱テーマは「祖師禅の礎を未来に〜搬土●石の禅に利生の願いをこめて」ですが、この搬土●石は南院国師の言葉でしょうか。
中村管長まず『碧巌録』第四十四則の頌に「一●石、二般土」とあり、『南院国師語録』には「龍山一夏空しく過ごさず、或る時は土を搬し、或る時は石を●(ひ)き」と出てくる。南院国師は南禅寺の伽藍建立に尽力し、南禅寺の基礎をつくった方であるが、実践を尊ぶ姿勢がこの言葉に象徴されているでしょう。
■今年の「年頭所感」には、教育問題という宗教者の直面する課題を遠諱の枠の中に取り込んでみてはどうか、と書いておられますね。
中村管長この八月、南禅寺派の佐賀県協議会が主催する「青少年の集い」に出席しました。小学生ばかりで三百人も参加し、盛大でしたが、すでに三十年も続いていることが何より素晴らしい。青少年育成ということで、こうした実践の意義を見直したいですね。
もちろん宗門内では、後継者の育成という教育問題がある。安居会を含め、大きな課題です。
今言及した「年頭所感」では「厳」と「戒」ということを強調したと思うが、その点から授戒会を厳正に行ないたい、とも考えています。
勝平宗徹老師は一週間かけてやるべきだとおっしゃって、本山では無理なので松江の萬寿寺に戻っておやりになった。実際に遠諱法会の中では日程の面で制約はあるが、古規に則(のっと)って授戒を執り行ない「厳」と「戒」の大きな流れをつくる努力をしたい。
■遠諱を前に御親教の構想があるとか。
中村管長南禅寺派には宗議会議員の選挙区が八つあり、うち二つは九州です。だから九州は一ヵ所として、全国七ヵ所を平成二十二年と二十三年の春・秋それぞれ二回のペースで集中して回ることを検討しています。
かつて私も、嶋田菊僊老師の隠侍として九州の御親化に随行したことがある。昭和三十年、まだ戦後間もないころで、駅に着いたらオープンカーが用意されていた。今振り返ると時代を感じますが、その折の経験などを思い出せば、遠諱の前にそれぞれの地域で檀信徒の皆さんに直接、お話しできる機会をつくるのは大切だと考えます。
■地方での遠諱の予修という意味も持つわけですね。
中村管長そういうことになるでしょう。南院国師の搬土●石の意義をお話ししたいですね。
■今回の遠諱記念事業計画には、南禅会館の改築がありますが。
中村管長これは以前からの課題です。行政からの規制があって、二階建て以上の高層化や敷地拡張はできないが、その制約の中で、現代に即応した改築を遠諱委員会で具体的に検討してもらうことになるでしょう。
このほか、南院国師の塔をご生誕地の長野に建立したいと考えていたのですが、その場所が現在は住宅地の中で、塔を建てても管理できない。そこで、本山の境内に南院塔を建立することにし、塔の様式を検討して、より一般的な意義を付与したいと考えています。
南禅寺では南院国師の遠諱の後、次の遠諱までしばらく期間が空きます。その点で、この遠諱は南禅寺派にとって五十年という一つの時代を区切る総まとめ的な意義を持つことになります。この機会に南禅寺派として今後の大きな道筋を立てておくべきでしょう。
例えば、南禅会や御詠歌の南禅教会など檀信徒の集まりがありますが、社会の変化に合わせて、組織の多様化も考えるべきなのかもしれない。そうした点も、遠諱準備の過程で研究してもらえれば有り難いと思います。
(●=「てへん」に「曳」)