■洗礼証明書印刷に従事
私は一九一七年にスロバキアで生まれ、十四歳の時に印刷工になるための職業訓練を始めました。印刷の仕事をしたことは、私の人生を後に大きく左右することになりました。
当時のスロバキアではファシズムのカトリック政党が力を持っており、ヒトラーと独自に交渉する中で、ナチスの作った法律はすべて受け入れるという約束をしてしまいました。ナチスのユダヤ人差別法で「ニュルンベルク法」というのがありますが、これには一九三八年以前にカトリックの洗礼を受けた者は「名誉アーリア人」と見なすという例外規定が設けられていました。私はユダヤ人でしたが、そのころは特殊技術を持つ人間が必要とされていたので、印刷工として普通に働くことが可能でした。
二十二歳の時、地下運動家が訪ねてきて、一九三八年以前にカトリックの洗礼を受けたという証明書があればユダヤ人を助けられるから印刷するようにと頼まれました。私は人々の命を救うことができるなら、と三年間にわたり洗礼証明書の偽造に携わりました。
■苛酷な強制収容所体験
しかし一九四二年八月、ゲシュタポ(秘密警察)に逮捕され、私は妻とともにアウシュビッツ強制収容所に送られました。そこで六週間ほど過ごした後、ビルケナウの収容所に移されました。そこはアウシュビッツに比べてはるかに劣悪な環境でした。水も衛生施設もなく、一つの馬小屋のような建物に八百人ものユダヤ人が収容されていました。
私の妻ギーゼラは、同じ年のクリスマスの一週間前にガス室で殺害されました。彼女は二十二歳でした。妻の死を知った時以来、私はただ一つのことしか頭にありませんでした。自分は必ず生き残り、殺人者ナチスのことを人々に伝える。それだけを心の支えにして私は生きてきました。
■ナチスの命で贋札製作
ビルケナウの収容所で一年半ほどたったある日、私は所長のところへ行くように命じられました。所長を訪ねると、「ベルリンであなたのような専門の職人を必要としている。そこでは自由に仕事をして生きていくことができる」と言われました。私は信じられない気持でした。その後、選ばれたほかの囚人とともに移送されたのは、ザクセンハウゼン強制収容所でした。ここで私たちは、ナチスの命令で大量の贋札を印刷することになったのです。
私たちが働くことになった工場は、収容所の中でもさらに厳重に鉄条網で囲まれ、完全に隔離された建物でした。初めはユーゴスラビアの紙幣を手がけ、続いてイギリスのポンド紙幣を印刷しました。偽造紙幣の総額は、一億三千万ポンド(現在の約三十億ポンド=約七千億円に相当)以上に上りました。
■遅らせたドルの完成
映画「ヒトラーの贋札」の中で、囚人たちが紙幣の偽造をサボタージュするかどうかをめぐって殴り合いの喧嘩をする場面がありますが、それはフィクションで、実際にはあり得なかったことです。もしサボタージュをすれば私たちは確実に殺されていたでしょう。
しかしポンド紙幣に続いてドル紙幣の製作を命じられた時、一緒に働いていた囚人が、ドルを偽造すれば戦争を長引かせる貢献をすることになると主張しました。そのため、ドルについてはできるだけ完成を遅らせるように努めました。結果として、ドル紙幣は二百枚しかナチスの手には渡りませんでした。
私たちは終戦の直前、秘密保持のため別の収容所に送られ、一九四五年五月、最終的に送られたエーベンゼー強制収容所で、アメリカ軍によって解放されました。後に私は、当時の一次資料を収集し、強制収容所での体験を記録した著書(『ヒトラーの贋札 悪魔の仕事場(仮)』来年一月、朝日新聞社から刊行予定)を出版しました。
■宗教観
私はもともとユダヤ教徒でしたが、故郷にいた当時、ヨゼフ・ティソというカトリックの司祭がヒトラーと交渉し、スロバキアを独立させて自分が大統領になることを条件にナチスの人種差別法を導入すると約束したために、九万八千人ものユダヤ人が虐殺されることになりました。そういうことをしたのが宗教の聖職者だったことは、私には大変な驚きでした。
アウシュビッツでもビルケナウでも、私は収容所に輸送されてくる人々を最初に受け入れる業務をさせられていました。ある時、ユダヤ人の看護婦と一緒に、子どもたちが五千人くらい到着しました。ナチスの医師はその中から、人体実験をするために双子を選り分けました。ほかの子どもたちは、ただちに全員ガス室へ連れて行かれ、数時間後には灰になっていました。そのことは今でも忘れられません。
子どもたちが殺された時私は、神は一体どこにいるのだ、神が存在するのならこのようなことを見過ごすはずはないだろう、と自問自答しました。こうしたことを経験した後で、神を信じることなど不可能でしょう。信仰を持つのは個人の自由ですが、私に関しては宗教というものを信じることはできません。
■悲劇繰り返さぬために
これまで私は、八万五千人以上のドイツの学生に強制収容所での体験を語ってきました。特にヨーロッパでは最近、ネオナチが台頭しています。ドイツではトルコ人一家がネオナチの少年に殺される事件がありました。理由はトルコ人だからというだけです。ネオナチは命令には絶対服従ですから、命じられれば殺人もいとわないのです。そのような運動に向かわないように、これから育つ新しい世代の人々を救っていかなければなりません。ナチスが強制収容所で何をしたかを理解すれば、そうしたものには賛同しないでしょう。
私はドイツの若者に、あなた方が過去に起きたことについて罪を感じる必要はないが、もし私の話を聞き、本を読み、映画を見て、それでもネオナチに入るのなら、遅かれ早かれ単なる殺人者になるということをはっきり言います。そのような真実を伝えていくことが、これからの時代を生きる人々にとって一番大切なことだと思います。