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田宮仁淑徳大学教授

平成19年(2007年)12月8日6面

淑徳大学教授   田宮仁氏に聞く
   仏教界で「ビハーラ」という言葉が定着して久しい。「ビハーラ」とは仏教を背景としたターミナル施設で「仏教ホスピス」に代わる表現として淑徳大学の田宮仁教授が昭和六十年に提唱したもの。高齢化社会の到来やがん患者の急激な増加の問題が顕在化し、現在ではビハーラ活動を積極的に取り入れる仏教教団や各宗派も増えている。仏教では「いのちを巡る生死」の問題は重要な課題の一つとしてとらえられており、ビハーラ活動は「日本的看取り」のあり方として大いに期待されているようだ。そこで田宮教授にビハーラを提唱したきっかけやこれからの展望などについて聞いた。(聞き手=鹿野雅一)


■医療と宗教とのかかわりは。
田宮高齢化時代をはじめ、社会状況のめまぐるしい変化を迎えた今日、「生老病死」に関する問題が人々に注目されてきています。それは、主に医学や生命科学などの自然科学の分野から出てきた問題ですが、いのちをめぐる問題追求は、宗教が持ついのちと医療における近代科学とのお互いが共同して、問題解決を図る必要があるのではないかと思います。
■ビハーラを提唱したきっかけは。
田宮わが国では一九七〇年代に入り、がん患者の著しい増加が顕在化し、それに伴い、患者に対する告知の問題や機械に囲まれた死への疑問など、さまざまな問題が生まれてきました。
   一九八〇年代初頭にその問題の解決方法の一つとして「ホスピス病棟」が開設されはじめました。そして一九九〇年代には「緩和ケア病棟入院科」が新設され、一応の定着がみられました。しかし、七〇年代のターミナルケアの問題がいつしか緩和ケアという目的に変化し、今日に至っています。
   そこで、ターミナルケアの問題に対し、仏教の立場から日本的な「看取り」のあり方を提示し、実証していくことが必要であると考えました。それがビハーラを提唱したきっかけになりました。
■ビハーラの目的は。
田宮「生老病死」の問題は仏によって生かされているすべての「生きとし生けるもの」に必ず訪れる問題です。ビハーラは「死」の問題に直面した人々に対し、日本的な看取りのあり方を提案したいとの思いから活動をしています。
   ビハーラの目的は利用者(死を宣告された人々)の意思を尊重し、臨終を安心して迎えられるようにビハーラのスタッフやさらには仏の御心によって見守られる場を目指しています。それは生死という最も重要な仏教本来の目的に立ち戻り、いのちを巡る生病を考えることが必要だと考えたからです。
   また仏教を信仰する国々でも共通に使用できる「仏教を背景としたターミナルケア施設の呼称」との願いもありました。「生死」の問題はどの宗派においても、重要な問題で、仏教特定の一宗一派の教義に偏ったものでなく、超宗派の共通の課題認識としてとらえることが必要だと思っていました。そんな中、古代インドの仏教経典にあるサンスクリット語「ビハーラ」(僧院の意)に出合ったわけです。ビハーラの利用者が「いかなる信仰」でも尊重していくこともビハーラ活動の目的にしています。
■ビハーラ活動の基本となるものは。
田宮臨床の場としての「ビハーラ」の開設はビハーラ活動を実証する上で、必要なものでした。医療関係機関の受け入れの問題では多くの時間と苦心をしました。幸いなことに私の考えに賛同し、平成四年に兄が院長をしている新潟県長岡市の長岡西病院にビハーラ病棟(二十二床)を開設することができました。
   また「ビハーラ」の展開にあたり、「ビハーラ」の理念や方法論の確立が求められました。そこでターミナルケアや仏教に関心を持つ識者(看護師、看護教育者、心理学者、仏教学者、社会福祉研究者など)の参加を得て、研究グループ「京都ビハーラの会」を構成し、平成四年五月、「ビハーラ・ケアへの指針」をまとめました。
   次に、ビハーラ活動を進めるためにはビハーラとは何を目的としているかを理解した医療スタッフやボランティアが必要となりました。そこで、ビハーラ病棟を利用される患者にとって身近な存在である看護師やビハーラ僧(仏教チャプレン)の養成をする必要がありました。
   平成八年に飯田女子短期大学看護学科の開設に参画し、「ビハーラケア論」や「仏教看護学」など、ビハーラ病棟の看護師育成に力を入れました。また平成十七年をもって募集を終了しましたが、平成五年、佛教大学に「ビハーラ僧の養成」のためのコース開設にも参画をしてきました。さらにビハーラや仏教看護に関心を持つ共通の場や、後継者の教育と育成を目的とし、平成十六年に「仏教看護・ビハーラ学会」を発足させた次第です。
   日本の仏教が葬式仏教といわれているイメージを脱却し、仏教本来の使命を果たすことも重要な課題の一つであると考えています。

■臨床の場である長岡西病院ビハーラ病棟の活動の現状は。
田宮長岡西病院ビハーラ病棟では、仏間に釈迦菩薩像を本尊仏として安置し、「静かに自身を見つめ、また見守られる場である」との基本理念の下、ビハーラ活動を具体化しました。それは患者さんだけでなく、ご家族やスタッフが仏によって見守られる場、こころのよりどころ、祈りの場として仏堂がビハーラ病棟の中心に位置することで、静かに自身を見つめることができることの願いからでした。
   具体的な活動としてはビハーラ僧による朝夕の読経と法話が仏堂で日常的に行なわれ、ベッドから動けない患者さんに対しては枕元のテレビで見られるような設備も備えています。仏堂は二十四時間開いており、深夜に仏間に来られる患者もいます。
   患者さんが残されたわずかな時間や行動範囲の限界を感じたとしても、その時間的・空間的な広がりは無限であり、その世界で感じ、願うこと、そのことによって救われる智慧を人間は持っています。人間は祈らずにおれない、祈るしかない、ビハーラ病棟の仏様はそれらを見守っておられます。
   長岡西病院ビハーラ病棟は設立当初から今年の三月までに千三百人以上の看取りを行ないました。患者さんが安心して死と向き合う環境づくりに今後も尽力していくことが必要だと思います。
■これからのビハーラ活動の展望は。
田宮臨床現場(長岡西病院ビハーラ病棟)を継続することが最も重要ではないかと思います。また、ビハーラ活動を充実させるためには多くの同志を増やすことや人材育成が求められます。仏教看護・ビハーラ学会の発展充実も必要だと思います。


たみや・まさし氏= 昭和二十二年、新潟県生まれ。大谷大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。飯田女子短期大学教授を経て、平成五年淑徳大学大学院社会福祉学研究科非常勤講師、十九年同大学教授。著書に『臨終行儀日本的ターミナル・ケアの原点』『仏教と福祉』『仏教とターミナルケア』『「ビハーラ」の提唱と展開』。
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このページの最終更新日 2007年12月21日