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相 大二郎氏

平成21年(2009年)1月27日5面

七十五周年迎えた燈影学園の学園長   相 大二郎氏に聞く
   京都市山科区の生活共同体・一燈園の敷地内にある燈影学園は、創立七十五周年を迎えた。小・中・高校を併設し、全校生徒が八十人余りの「日本一小さな私立学校」。一燈園を開き、無所有・奉仕・懺悔の生涯を貫いた創立者、西田天香(一八七二−一九六八)の教えに基づき、奉仕活動の「作務」やトイレ掃除の「行願」を実践するなど、ユニークな教育方針が注目を集める。一燈園で生まれ育ち、創立者の薫陶を直に受けた相大二郎学園長(72)に、七十五周年を機に立ち上げた「教育再生プロジェクト」などについて聞いた。  (聞き手=佐藤孝雄)


■燈影学園が昭和八年の創立以来、七十五年間続いてきた意義についてお話しください。
物質が豊かになるにつれて、特に青少年の心の問題や人間の生活、生き方に対する姿勢が音を立てて崩れていくような、坂道を転げ落ちるような感じがします。
  日本の歴史を見てみると、古代から戦国時代を経て、幕末、太平洋戦争という三つの大きな節目があった。その時代に生きた人々はおそらく明日の命、今日の命も知らなかったんじゃないか。今、四回目の節目を迎えていると考えると、生きていく上の真剣さを味わうことができなくなっている。それが今の日本の世相に反映しているのではないかと思います。
■生きているという実感がない……。
だから命というものに対する取り組み方、受け止め方が全く希薄になってしまった。明日の命、今日の命を知らないという生活の中で、禅やお茶、お能など、自分の気持を充実させて生きていく文化が育った。そんなところに自然と人物も生まれてきたのではないか。
  そういう視点から天香さんの教育への願いの重要さを年々強く感じるようになってきて、七十五周年の節目の取り組みにつながっていきました。
■七十五周年を期した「一燈園教育再生プロジェクト」とは。
大きなテーマは「回帰と新生」。創立者の考えをいま一度振り返り、時代の流れに合わせて新しく出発するという意味です。一燈園という生活共同体は数年前に百周年を迎えた。一燈園は今後、学園の七十五周年を機に「教育共同体」として天香さんの思想と業績を将来に伝えていくことが重要です。その目標は、個人の完成・成就と人類平和です。
■具体的には。
一つは天香さんの教えの再認識。教職員はもちろん、保護者や生徒らの年齢・経験に応じ、教え方と伝え方を工夫しなければなりません。その一つが天香さんのテキストの制作で、小学生用と中学生用、高校生用の三種類のテキストを作りました。
  二番目に子供たちをどのように育てていくかという方法。「祈り、汗、学習」という方針にたどりついたのですが、天香さんがこの言葉を使われたわけではないのです。天香さんが言ったのは「自然に適う生活」。もっと言えば「自然に適う教育」ということ。
  「自然」というと頭に浮かぶのは環境のことですが、それだけではなくて、その生成発展、変化現象、つまり緑が紅葉したり、人間が生まれて、老いて、死んでいくのも自然です。人間は大自然から心と体と脳を授かる。これは「摂理」ですね。心を鍛えるのが「祈り」で、体を鍛えるのが「汗」、脳を鍛えるのが「学習」です。
  「祈り」というのは大自然への気づき。宗教的に見れば、宗派を超えた精神性ですね。学園での「祈り」は、毎朝十五分から二十分間、小学一年生から中学生、高校生、教職員が静寂な空間の中で瞑想をします。家では一分間もじっとできない子供たちも環境を整えればきちんとできる。
  今、生活の中で伝わっていく教育が欠けている気がします。伝わるためには大人が実践しなくてはなりません。「心が大事、命が大事」「弱い者いじめはいけない」などと正しい言葉を口にする必要はない。
  口や言葉で教えることができるのは知識と技術だけです。人間性や価値観、生活習慣は口や言葉では教えられない。そこに今の教育の落とし穴があるように思う。その言葉が「正しい」からさらに落とし穴なんです。「自分は正しいことを言っている」というのは大人の自己正当化ですよね。

■学園生活の中ではどんなことをするのですか。
一番簡単なのはお掃除です。例えば学校周辺の美化活動。そのために竹ぼうきを作ることが「汗」という授業になり、お掃除するという生活になる。高校生になると、一燈園で暮らすお年寄りの世話やお料理のお手伝いを「汗」としてやります。その高校生の作った料理が小中学生の給食として食卓に載る。つまり高校生の作務、「汗」というカリキュラムが小中学生たちの食事という「生活」に直結するわけですね。お料理は普通の学校教育では調理実習としてあり、授業として完結してしまっていますが。一燈園では「生活」と「学習」の一体化が特徴です。
  江戸時代の塾では、松下村塾でも、四書五経を教える中で、庭に出て畑仕事や薪割りをさせているんです。スポーツの汗ではなく、生産性を伴った汗が人の苦労を感じ取れる人間になっていく栄養素なのではないかと思います。
■ポスト七十五年の燈影学園はどのようにあるべきでしょうか。
変化するというよりも、一燈園の生活の中に流れている波をこれから先も持続させていくことが大切だと思っています。私は「海原」「草原」という言葉があるように"時は流れない、人間が流れていくのだ"という意味で、「時原」(ときはら)という日本語があってもいいと思うのです。人間が便宜上つくった「時代」とか「時間」は流れていくが、時は流れない。"時が流れる"とは、人間を中心に世界を見たのであって、大自然から見たときには、流れない。
  だから、子供たちが天香さんの教えから手に入れた波を自分の生きていく土台にしてくれたら、それが逆に大きな変化です。つまり変わらないことこそ変化なのです。

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このページの最終更新日 2009年2月3日