■大谷大学は初代の清沢満之学長をはじめ、そうそうたる人脈が今日まで大学運営を担ってこられましたね。
木村世の中が混迷すればするほど、私学は建学の理念を守らなければならないし、それに基づいた方向性があってしかるべきです。時代社会に紆余曲折はあるでしょうが、建学の精神は普遍性を持ち不動なものでなければいけない。新しい時代に向かう時には振り返って建学の精神や理念を確認する。それは、われわれの先輩もやってきたし、私もこの職に就いてから、ずっとそうしています。
大谷大学は清沢満之初代学長の「開校の辞」を文章化された形で読むことができる。私たちのよって立つものは何かを創立者自らが遺しておられる。佐々木月樵第三代学長は「大谷大学樹立の精神」を示しています。これは他の仏教系の大学にはほとんどない。
私たちは開学以来一世紀以上、社会の変化に応じて、理事長以下の執行部はみんなこれを読んで確認し、そこへ立ち帰って、どうすべきかを考えてきた。先輩たちがこの精神を踏まえて大学を動かしてきたことを、そのたびに確認することができる。それが今日の大谷大学を形づくってきた。
■就学人口が膨れ上がり、宗門系大学も多くが総合大学化した歴史があります。そういうことは大谷大学にはなかったのでしょうか。
木村本学も当然、どう選択するかの議論があった。しかし大谷大学が目指す教育を実現するためには、適正な規模がおのずからあるというのが当時の理事者たちの判断だったと思います。
現在、日本の高等教育全体が質の確保を目標としていますが、どうしてこういうことが起こったのか。量を拡大すれば、質の問題が起こってくる。文教政策の責任者や大学運営の当事者たちには、大いに責任を感じていただかねばなりません。
■経営中枢の方たちが自制を働かせてこられたことは素晴らしい。しかし、この規模の大学ゆえの苦しみもあるのではないですか。
木村私学は定員充足の問題を避けて通れません。定員八百人以下の小規模大学はみな同じ問題を抱えている。一万人、二万人規模の大学にそんな問題はほとんどない。ますます二極化しています。
経営を盤石にするなら数を増やす方法があるかもしれない。しかし、理念を実現しようとすればまた別の尺度がある。一つの物差しだけで測られているところに、私学のありようが混迷している大きな原因があるのではないか。
私学には多様性や個性がなくてはいけない。それが建学の精神というものであって、実学一辺倒になったり、量的な基準だけで高等教育や文教政策が推し進められていったら、日本の将来は暗たんたるものです。
■教育・心理学科開設の狙いは?
木村経済問題も自然環境の問題も、さまざまな世の中の事件も、みんな人間が起こしている。結局、根本の人間教育をきちっとやらなければ社会は良くならない。何世代かかろうが、絶望しないで立派な教員を社会へ送り出していく積極的な教育活動が重要だと思います。
■教育者の質の向上を目指すわけですね。
木村教育者である前に人間として立派な人であってほしい。教員自身が確固たる信念を持たないで、学生に信念を持って生きろと言っても無理でしょう。自分が生き生きと人生を喜んでいないのに、喜んで生きろと言っても駄目です。立派な人間を育てることが、すべてに先立って大事です。
■短期大学部の位置付けが難しくなっていますね。
木村全入時代になると短期大学部の存立は危うくなる。仏教科は特に難しいところで、現に志願者が減って苦慮している。しかし、経営だけを考えて閉じたらいいというのは短絡的であって、短期大学部の役割は当然あるし、社会の要請もきっとあるはずです。
二年で完結する教育やそこでの活動は意味がなくなったわけではない。これだけ社会のテンポが速ければ、むしろ短期のスピーディーな教育成果の達成は重要な側面を持っている。
私も短期大学部の授業を担当し、楽しみに出勤している。仏教科は大谷派の教師資格を取得できるコースを持っていて、いま寺院の後継者が結婚して、若夫婦二人で授業を受けている。やがて寺院を継ぐ住職だけでなく、将来の坊守も一緒に授業を聴いている。素晴らしいことです。
さらに、企業の第一線で働いてこられた方や、お医者さんなども加わっている。そういう人たちの質問はおのずから違う。そうすると、私が一方的に教授しているのではなくて相互方向になる。
彼らと私との対話が他の学生への教育活動になる。理論と応用、行解が一体化する。大学院の授業とは全然違うダイナミックな教育ができる。そういう意味でも短期大学の可能性、存立の意味は大きいと思っています。