■一期四年間を振り返られて。
一期目は慣れないことがたくさんあり、勉強させてもらいながらの四年間でした。幸い今の内局の方々がベテランの方ばかりでしたので、助けていただきながら何とか乗り切れたと思っています。
五月のことですが念法眞教さんからサイパン島の慰霊法要に招待いただき、私と庶務部長が五日間、慰霊法要に参りました。大変有り難いことで非常に強く印象に残っています。先の戦争でのサイパン島はじめ悲惨な歴史がともすれば忘れられそうになり、現代日本が"平和ぼけ"のような感じがありますので、そういう歴史を認識し戒めていくべきだと思います。
■四年前の就任時には宗門の知名度を向上させたいと伺いましたが。
外とのお付き合いを大事にし、できるだけ外に出て交流を深めてきたつもりではいます。
融通念仏宗は宗団としては小さいですが、大変ユニークな存在だと思うのです。ご承知のように日本仏教は南都六宗から始まり平安初期に天台、真言の両宗が誕生しました。そこまではどちらかというと貴族的な仏教だったと思います。日本仏教史では、そこから鎌倉仏教まで飛んでしまいますが、その間にあるのが融通念仏宗です。貴族仏教から庶民仏教に移るちょうど間にある仏教だと思うんですね。
鳥羽上皇のご支援を得たりと貴族性を引きずってきた部分もありますが、一方では「一人一切人(いちにんいっさいにん)一切人一人」といい、すべての人と私の念仏はすべての人に行き渡るし、すべての人が唱えられた念仏は自分の所に帰ってくるという融通念仏ですから、庶民性を最も重要視した。そういう特異な存在だと思います。悪く言えば、両方持っているから徹底しなかったという面もあるでしょう。お寺も関西だけですからね。もう少し全国的に広めたいという気持が強いわけです。
融通念仏という名前は全国的に残っています。「融通念仏縁起絵巻」の原本は十四世紀にできていますし、十四世紀の終わりには版木ができて全国的に広まります。ただ宗団としてはあまり大きくならなかったのです。
■関東、東京への布教については。
このごろは東京一極集中で会社でも本社をみな東京へ移す時代です。本願寺さんなど大宗団は東京に別院を持っておられます。別院ができなくても、ちょっとした拠点を持ちたいとは考えています。
薬師寺さん(法相宗大本山)も東京別院をつくり活躍されていますね。私も心安くしておりますのでよく行きます。ここ平野が本山で信仰面、宗務所は東京にあり行政面を受け持つという形が理想的だとは思いますが、小さい宗派なのでなかなか難しいですね。
■平成二十七年に開宗九百年・大通上人三百回御遠忌を迎えます。
御遠忌に向け来年から準備が本格化しますが、良忍上人という方をPRしたいと思っています。融通念仏という宗団を開かれた方で、声明の大家、天台声明の中興の祖としても著名です。「魚山声明」は良忍上人から始まったともいえるでしょう。
後の日本の伝統芸能の基にあるのが声明です。声明の元祖ともいえる方ですので、日本の芸能界の元祖でもあるわけで、そういう点でもPRできると思っています。芸能や音楽は人の心を引きつける大きな力があります。それの基になるものですから大きなPRの力になると思っています。
■今の日本は大変嘆かわしい事件や事故が増えてきました。
「いのち」というものを軽く見るような世相になってきました。同時に、科学の力で作り上げた文明を科学の力で破壊しているような感じがします。こんな立派な文明を作り上げたのは科学の力ですが、原子爆弾を作ったり、地球温暖化を進めたりと科学の力でまた文明を破壊しているかのようです。科学というものに二面性があると思いますね。それを直していけるのは宗教的なものではないかと思うのです。
宗教がもっと頑張らなくてはいけない時代ですね。科学者に"悪い方の科学"はもうやめろというアピールを宗教界がしなければいけない。人間は賢い動物でありながら、またいつまでも迷いを持った存在です。
われわれ自体も悟りが開けず、みな迷いの世界にいるわけですが、しかしできるだけいい方向へ行くように努力することは宗教界の仕事でしょう。少しでもそういう方面で役立てたらと思っています。特にこのごろはいのちを軽視する凶悪な犯罪が増えてきたので「人のいのちを簡単に殺すことは最も悪いことだ」ということを訴えていかなければならないと思います。