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安原晃宗務総長

平成22年(2010年)1月1日5面

御遠忌まで一年三ヵ月   大谷派   安原晃宗務総長に聞く
   真宗大谷派(安原晃宗務総長)は来年、宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌を迎える。法要のスタートまで一年三ヵ月となり、目睫に迫ってきた。御遠忌の基本理念は「宗祖としての親鸞聖人に遇う」。テーマは「今、いのちがあなたを生きている」。宗門にとって、また宗門関係者の一人一人にとって、御遠忌が持つ意義は何か。安原宗務総長に尋ねた。(聞き手=萩原典吉)


■御遠忌が来年に迫ってきました。
安原今は宗門挙げて、お待ち受け申し上げる態勢に入っています。昨年の還座式と御影堂御修復完了奉告法要、また御正忌報恩講、そして今年の春の法要も、御正忌報恩講も、一つ一つの仏事がお待ち受けの大きな意味を持っています。宗門が「宗祖としての親鸞聖人に遇う」ということは、宗門に縁あるお一人お一人が「宗祖としての親鸞聖人に遇う」ことであり、それが徹底し、初めて感動、感銘が起きると思います。
■その態勢を整えていく上で、今後どう取り組みますか。
安原ありがたいことに、各教区でお待ち受け大会を重ねる中で、気運が盛り上がりつつあります。今までは「御本山の御遠忌」でとどまっていた感がありました。それが教区の御遠忌になり、わが寺の御遠忌になり、わが門徒の御遠忌になり、と連関してきた。
■そういう手応えが出てきたと。
安原そうです。自分自身にとっての御遠忌なんだと。
■その一方で、宗門内には「御遠忌が、両堂の修復や法要にとどまっている」とする意見もあるようですが。
安原そういう意見が出るのは残念です。それは自分は自分、宗門は宗門、真宗本廟は真宗本廟と分けて考えているからで、誠に悲しいことです。
御修復と御法要は切っても切れない関係にある。御修復はお荘厳の一つだから、御仏事です。単なる営繕としての修理作業ではありません。
■ただ、修復や法要は宗祖に対する報恩という意味になると思います。宗門外に向けて、教えを発信していく課題はありませんか。
安原宗門の中とか、外とかの意識は普段持っていません。そういう区別なく、目の前に現われてくださる方は大事な方だと思います。目の前にいる人だけでなく、思い描く人、情報として入ってくる人も含めて、いろんな方とのつながりがある。宗教の世界は、人間対人間の関係をメーンにしないといけない。
一般的に言えば、人間は関係的な存在を生きており、相手を意識しないわけにはいかない。しかし念仏者のまなざしは、もう一つ意味が深い。単なる相手との関係ではなく、ことごとくが南無阿弥陀仏によって賜わっている。念仏によって賜わった私とあなたとの関係です。
だから「ただ念仏のみぞまこと」(『歎異抄』)は、ものすごい具体的な実践生活です。そして、それは容易ならぬものであり、簡単なものじゃない。それに目覚めたら、じっとしておれないと思う。
■具体的な実践生活を表現する場合、個々人の表現の仕方になるのですか。
安原人間はそれぞれ境涯も立場も違うので、それぞれの場で表現されねばならない。ただ大切なことは、立っている場所がはっきりしているか、です。はっきりしていれば、どんな対応もできる。はっきりしていなければ、時代や社会に流される生活になる。
人との出会いは喜ばしいことばかりではない。悲しい出会いもあり、叱られる出会いもある。しかし全部意味がある。無駄な出会いは一つもないと、すべて謙虚に頷く。その南無阿弥陀仏を私にまで届けてくださった方が、宗祖親鸞聖人です。

■もし、そうなっていないとすれば、それは教えを正しく受け取っていないからですか。
安原正しく受け取っていないのではなく、深く頷いていないということです。大事なのは感性です。感じるか、感じないか。感性がお互いに響き合えれば「ただ念仏のみぞまこと」が、非常に具体的な生活実践の柱になる。
南無阿弥陀仏は本願力です。力ですから、そういう力を頂いた人は、必ず頷いた力によって、自分から発露されるものがある。こちらが一歩踏み出すことで、相手も踏み出してくる。そういう毎日の生活の出会いがなくてはならない。
宗門外の、つまり教えを聞いたことがない人が、こういう話を聞かされた時に驚くかもしれません。でも、そういう人たちと懇ろに話し合っていくことが大事です。
昨年の話になりますが、還座式で「あれだけの参拝者(約一万二千人)があったのに、割れんばかりのお念仏の声が聞こえなかった」という声を、直接ではありませんが、又聞きしました。そう言っている人が本当にいたならば、誠に悲しいことです。その人は評論家になっているのではないでしょうか。周囲の状況ではなく、自分自身のお念仏、これがまず問題にならなくてはいけない。例えば「今の世の中しょうがない」と言いながら、その「しょうがない世の中」に生きている自分自身は何なのか。立脚地が明確でないから、右往左往している。
ご開山様は法然様から「ただ念仏申さるべし」と聞かされた時、驚かれたと思います。そして、これしかないと頷かれたと思う。
■それが御遠忌のテーマでもあるということですね。
安原そうです。だから今更何を、と言われる方があるかもしれない。でもその今更が、今まで無かったということです。

●御遠忌期間中の記念行事と展示●
宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌は、二〇一一年三月十九日から五月二十八日まで(七十一日間を三期の法要期間と二期の讃仰期間に分ける)と、同年の御正当報恩講(十一月二十一日〜二十八日)をもって厳修される。期間中予定の記念行事、展示は次の通り。
宗祖親鸞聖人讃仰講演会▽御影堂・阿弥陀堂屋根面見学▽各教区の讃仰行事▽大谷婦人会御遠忌大会▽関係学校生徒のつどい▽全国坊守大会▽大谷派教誨師御遠忌記念大会▽第八回ハンセン病全国交流会▽九州大谷短期大学の音楽劇「親鸞」▽「中村久子の世界」講演会と展示▽御遠忌テーマ公開講演会・シンポジウム▽御遠忌テーマライブ▽本願寺能▽供茶・讃仰茶会▽記念俳句大会▽青年の翼(大会)▽御遠忌High School サミット▽子ども御遠忌▽第十一回世界同朋大会▽東方仏教徒協会設立九十周年記念事業▽親鸞フォーラムin京都▽御遠忌テーマ表現アート展▽御遠忌テーマ展▽言葉の力展▽宗祖親鸞聖人パネル展▽真宗同朋会運動の源流展▽解放運動展▽御影堂御修復展▽『教行信証』(坂東本)修復展▽環境問題展▽教区、所属団体の讃仰事業展▽親鸞展(真宗教団連合主催、於・京都市美術館)

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このページの最終更新日 2009年12月26日