■御修法がいよいよです。現代における御修法の意義をどう感じますか。
御修法はお大師さまが最晩年の承和元年(八三四)に密教の方式で国家安泰の修法をするべきであると朝廷に提言し、その精神がずっと今日まで続いている大事な儀式です。基本的な祈願の趣旨は鎮護国家。つまり、国家安泰、万民豊楽、世界平和の三点セットです。それまでのように『金光明経』をもとに議論するだけでは鎮護国家は機能しないと、お大師さまがおっしゃったことが始まりでした。しかし、今は逆に修法だけが行なわれていて、護国経典の講鑽が欠けているように思います。大阿であるからには、お大師さまがおっしゃったように護国経典の講鑽と御修法の両面を大事に考え、国家を守り、人民を豊かにし、世界に平和を築くということを祈願したいと思っています。
御修法の目的は、お大師さまが護国経典の『仁王経解題』でおっしゃった国土、民衆、統治者という三点の安泰祈願です。現在は皇室の安泰祈願のように思われますが、皇室(統治者)と同等に民衆の生活の安定があります。ここを強調すれば、国民にとってかけ離れた法要ではなく自分たちのことを祈願しているのだと注目が集まるでしょう。
「正法治国」といって統治者の善政が国を守る、という考えがあります。天皇陛下のお言葉を拝聴していると、陛下ご自身も国民の幸福を真っ先にお考えになられています。私たちもお気持に応えて、しっかりと国家安泰を祈願しなければならないと思っています。
■全真言宗の長者として御修法が無魔成満した後、続いて世界経済フォーラムの年次総会、ダボス会議に日本仏教代表として招待されています。「日本仏教からの提言」と題したリポートをすでに提出されたということですが、テーマなどの指定はありましたか。
特にありません。招待状にはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教と順次会議に参加している中で、今年から仏教界の代表として招待したいというものでした。全日本仏教会会長になった時から、これまでにはなかった宗派教団の枠を超えた発想で発信していきたいと考えています。
平成二十年に東京の浅草で開催された世界仏教徒会議は私にとってよい経験でした。そこで議論された課題は環境、自殺、ターミナルケア、青少年問題など、一宗一派で処理しきれない問題ばかり。日本仏教全体で現代の問題を考える一つの転機だと感じました。
リポートでは、個々の宗派とか宗祖開祖の名前を出さないで、日本仏教の特色をいかに世界に発信していくかということに論点を絞りました。
■論点とはどのようなものですか。
日本仏教全体に通ずる特色を、日本人の多様な感性と寛容さを大きく三点に分けて紹介したいと考えています。
一つ目は「いのちのつながり」です。仏教では「一切衆生」と言いますが、人間だけではなく、動物も植物もみな等しく成仏するという日本人が古くから持つ思想です。
二つ目は、科学中心の一元的価値観に対する「多元的な価値観」の紹介です。仏教の寛容な精神で、異なる宗教の対話の重要性を説きます。
三つ目は、日本の仏教者が行なってきた「社会への貢献について」です。
日本人が社会福祉活動を行なう原点には仏教の教えが根付いているということを「罪」の意識から紹介したいと考えています。
これは人間が日常生活を送るだけで何らかの罪を犯しているという考え方です。我々は罪を犯さないで生きていくことができない。そこで、贖罪(しょくざい)するという思想に日本の社会福祉運動の原点があると思っています。
■高野山真言宗の管長になられて三年。宗団で取り組まれたことは。
宗団を牽引するのは宗務総長の役目です。高野山では宗政と管長職の役割がはっきりしていて、うまくいっていると思います。宗政面は内局がしっかりとしてくれていますから私は真言宗のオピニオンリーダーとして社会へのメッセージ発信に努めています。
■メッセージのテーマは。また、宗団が変わったと思いますか。
大きな宗団だから変わったかどうかは長い目で見ないといけないですが、私たちの個々の努力によって次第に宗団人の意識が目に見える形で変わってくると信じています。私が過ごした青年期は戦後で国全体が新しい時代に向かっていた合理主義万能の時代で、弘法大師の教えが反近代的といわれたアンチ密教の時代でした。今は世界的にも密教が求められるようになりましたが、まだその当時の劣等感の雰囲気が宗団に残っているように思います。お大師さまの教えがいかに現代的かという意識改革の必要性は常に感じております。現役教師の皆さんにはもう少しこのような時代の変化を自覚して、がんばってもらいたいものです。お大師さまの残された文章を読み、お大師さまの御心に近づき本質をつかむことが必要です。現代が直面している困難な問題の解決の糸口がお大師さまの思想にあるということに気付くと思います。
■開創法会まであと五年、着地点は。
お大師さまの教えが現代にふさわしいことを熱意を持って伝え、お大師さまが高野山を開いた修禅という目的を再認識して、阿字観などの瑜伽が国内外の人を問わずに体験できる環境の整備、特に指導できる人の確保が今後の課題です。
■今後の宗団の可能性は。
宗団の将来を担うのは一にも二にも人です。優れた人材を育成して正しく遇する。人がいればお金がなくても宗団の将来は安泰だと思います。