■あらためて大遠忌の意義とは。
法然上人の存在価値を再認識してもらうことですね。
念仏という極めて簡単な行によって誰でも浄土に往けるという万人平等往生の教えは、仏教の歴史の中では画期的なことでした。
インドの仏教は僧侶が中心で、信者は僧侶にお布施をするだけという関係が主で、中国でもそれは基本的に同じでした。その意味で、唐代に浄土教を大成した善導大師(六一三〜六八一)と、「偏依善導」と善導大師を仰いだ日本の法然上人が民衆教化に積極的に取り組んだことは、重要なことだと思います。
法然上人以前の日本仏教は基本的に「指導者の仏教」でした。それに対して法然上人は万人平等往生を説いた。その大きな動機になったのは源平の争乱です。例えば、当時は穴を掘って死者を埋葬するのはまだ上等な方で、遺体は打ち捨てられるのが普通でした。そうした時代に法然上人のみ教えは、貴賤老若男女を問わず広く受け入れられていったのです。
■大遠忌に込める願いとは。
とにかく一人でも多くの方に念仏信仰を持ってほしい。それは私なりに言えば、「死生ともにわずらいなし」ということです。
念仏を申しているなら極楽往生は約束されています。私の生命を浄土の教主たる阿弥陀佛にお任せすることで、死や病気に思い悩むことなく、日々を精いっぱい、全力を尽くして生きる。
われわれはそういう信者をつくっていかなくてはなりません。
■ただ、現代人にとって「浄土」の存在を実感するのは難しい。
確かに浄土の存在はなかなか理解しにくい。
しかし、日本には、自分が世話になった両親や祖父母など亡くなった関係者がいる世界に往く、という"家族信仰"を持つ人が多い。もちろん浄土は娑婆の価値観から離れて仏になるために修行する所ですが、それも浄土といってよいと思います。
浄土へ往けば、亡くなった両親や祖父母に会える。法然上人もそれをはっきり言っています。
浄土へ往って、先に亡くなった人々から「あんたよう頑張ったな」と言われるか、「相変わらずやな」と言われるか。
「よう頑張ったな」と言われるような人生を過ごしたいものです。
■ご高齢にもかかわらず、各地への巡教や親教などにも精力的に取り組んでおられます。
昨年は、津軽から五島列島まで全国十数ヵ所に出張しました。どこへ行っても皆さん熱心にお念仏を申され、私が話をしていても一生懸命聞いてくださり、話がしやすかった。
群馬県に、ご挨拶にお伺いをしたお寺で法然上人の一代記について解説したのですが、つい熱が入って、帰りの電車に遅れてしまったこともありました(笑い)。
巡教先では「御前さん」と呼ばれ、どうしても奉られる感じになってしまうのですが、なかなか行けない所で話ができることをありがたく思っています。
■現代の日本社会で浄土宗が果たす役割とは。
現代の日本人は自分さえよければいいという欲望ばかりで、反省がありません。利己主義による我欲の満足だけです。
法然上人は自身を「愚痴の法然房、十悪の法然房」と強調されていますが、それは浄土教が反省を出発点とする宗教であることを示しています。「愚者の自覚」をあらためて訴えていかなくてはなりません。
そして、終点は「死生ともにわずらいなし」です。法然上人はその後半生で激しい弾圧と非難に遭っていますが、決して教化をやめなかった。「死生ともにわずらいなし」の信仰に生きる人は、何があっても動じることはないのです。
浄土宗では明治四十四年の法然上人七百年大遠忌で他宗に先駆けて『浄土宗全書』の出版を成し遂げるのですが、昭和三十六年の七百五十年大遠忌では、戦後に分裂した浄土宗と本派浄土宗の合同問題の対応に追われ、実質的には法要を一週間勤めただけでした。
今回の大遠忌こそ、法然上人の顕彰と、そのみ教えの弘通に努めていかなくてはなりません。
■宗侶や檀信徒の大遠忌に向けた心構えや課題をどのように考えますか。
先ほど「死生ともにわずらいなし」の信仰を持ってほしいと言いましたが、実際には簡単にいきません。
念仏を申すにもいろいろあって、法然上人に言わせれば「ああ疲れた。南無阿弥陀仏」「もう念仏をやめようか。南無阿弥陀仏」といった念仏でもよいというのです。
信仰心は二河白道の世界で、白道を歩む信仰者は水と火に襲われて常に信心を揺るがされてしまいます。時には嫌々ながら念仏を申すこともあるでしょう。この中で信仰は確固たるものになっていくのだと思います。
ただ、これからの時代は合理的・理論的にも深く教えを理解した人を育てていく必要があると思います。善知識の存在は大きいですよ。よき指導者があって信仰に導かれるわけですから。
お寺は「一掃除、二勤行、三学問」と言いますが、学問は一生のもの。しっかり勉強して多くの人々に法を説く学力を身に付けていかなくてはなりません。
私自身は二河白道の中での信仰の過程を理論的にあとづけ、人がどのように思考形成されていくのか勉強を深めていきたいですね。