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阿純孝宗務総長

平成22年(2010年)2月20日4面

時代に即応の子弟教育を   阿純孝宗務総長に聞く
   昨年十二月に天台宗の新しい宗務総長に就任した阿純孝氏(72)=東京都目黒区・圓融寺住職。就任会見で、宗祖伝教大師が詠んだ「明らけく、後の仏の御代までも、光つたえよ、法のともしび」にある「光を伝える」ためにも「人材の育成と天台の教えの普及に努力する」と述べた阿宗務総長に、その実現に向けた施策や現代社会との接点、檀信徒教化などについて話を聞いた。


■宗務総長として第一に「人材の育成」を掲げましたが。
今の時代、真剣に僧侶になるには、なるだけの心構えと勉強が必要です。そういう点で子弟教育を本格的に考えなくてはいけない時だと思いました。私は仏教保育を主眼として幼稚園で長く園長をやってきたので、子どもたちがどんな考え方をするのか、どういうことに興味があるのか、長年の経験で分かっています。幼児期から宗教教育をやるのが良いだろうと考えてマニフェストを出しました。
■これまでの宗門の子弟教育に問題があったと考えたからでしょうか。
そういうことではありません。明治時代以前は自分の子どもでなく、坊さんになる子どもを預かって、住職が指導してきました。それこそぞうきんがけからやったので、それなりの教育はできていました。
ところが戦後になって、家庭と寺院が一緒くたになったものだから、子弟教育が寺院でできにくい環境になりました。社会環境が昔と変わってきているのだから、それに対応する教化方法や育成方法が図られなければなりません。時代の変化に即応しなくてはなりません。その中でできることは、小さい時から仏様に親しんでいくことです。
■そのための具体策をお考えですか。
子弟向けのテキストの作成を考えています。子どもは摩訶不思議な言葉を面白く思うので、真言には興味を持つと思います。仏様に親しんでもらおうと十三仏の真言と梵字を習ったりするのは小さい子でも面白がってするのではないでしょうか。
それに付随して、その仏様の分かりやすい解説文を作り、仏画を添えれば写仏もできます。母親の寺庭婦人も一緒にやって、親子で親しめるテキストを作りたい。従って積極的に活用してほしい。義務的にやるようでは駄目です。
また、伝教大師のお言葉の素読もさせたい。何げなく覚えているうちに身に付きます。心の中に戒めをつくるのに素読は大切です。近隣の子どもたちを寺に集めてやることもできます。また、子ども同士が集まる機会も必要です。お互いに切磋琢磨(せっさたくま)して勉強しようという気持になれば。各教区でそういう集まりがあれば良いですね。
■宗教離れといわれる今の社会で「天台のみ教え」をどう伝えていこうとお考えですか。
伝教大師のお言葉をそのまま伝えるのが一番です。現代の社会は「忘己利他」の逆で、他人を忘れ己を利する、そうでなくては成り立たない社会、競争社会です。しかし、「それではまずいのではないか」と、少し反省が出始めています。しかし、ただ「己を忘れて他を利するは慈悲の極みと、伝教大師がそうおっしゃっている」と言って終わりでは駄目です。「今の社会はどうですか?   真逆でしょう」と言うとみんなが「あ、そうか」と思う。はっとさせることが大切なんです。
現代社会が宗教を抹殺し、宗教を受け入れないかというとそうではありません。宗教に関心を持っている若い人もいます。私の寺のことで恐縮ですが、写経会をだいぶ前からしていますが、寺の前に案内を出す程度でしたので、参加者はせいぜい十数人でした。ところが、インターネットで宣伝すると問い合わせが増え、写経会も五十人くらいになりました。その多くが若者からです。関心があるのだなあと、認識を改めました。
宣伝方法が若者向けではなかったんですね。山門に「どうぞ」と書いてあっても威圧感があって入りにくいが、インターネットだと若者が気軽に申し込めます。関心がないのではなくて、関心がないようにこちら側が思ってしまっているところがあったんです。

■まだ宗教に対する潜在的な要求があると。
社会が今、過激になって、自分を忘れてしまうことがあります。だから、自分をゆっくり見つめるとか、ゆとりを持ちたいとか、社会のしがらみから離れたところに自分を置きたいという要求がすごくあると思います。そういうところに宗教との接点があるのではないでしょうか。
■過疎地の寺院の対策も考えていらっしゃるそうですが。
これから坊さんになろうという人は、過疎の寺に入って自分の力を発揮するくらいになってほしい。また静かな過疎地なら一般社会で挫折した人の癒やしの場所としても活用できるかもしれません。しかし生活面では大変だから、そういう点での助成は必要です。
若いうちにそういう経験をすることは良いことです。生まれてからずっと自分の寺にいるよりも、違う環境の中で自分を試すことも必要です。
■そういったことも宗議会の執務方針で触れるつもりですか。
まあ多少はね。具体的にどうすればよいかは不活動寺院の実態を細かく把握しないと出ません。まずは実態把握が大切です。
■先の二代の内局には開宗千二百年慶讃大法会という大きな柱がありましたが、阿内局では。
三年後に慈覚大師の千百五十年遠忌が控えています。私の任期後ですが、その後にも宗祖伝教大師の生誕千二百五十年や恵心僧都の千年遠忌と立て続けにあります。それらは今のうちから準備を整えておかないと。慈覚大師は中国との密接なつながりがあるので、慈覚大師研究の大家でもある齊藤圓眞教学部長とともに、中国との交流を深める方法で慈覚大師を慶讃することも考えていきたい。
今度の執務方針でも触れますが、これらは急がないといけません。次の内局の話だからと次の人に任せるようでは駄目です。方針は変えても良いけど、土台作りはしないといけません。今のうちから準備して、天台宗としての大きな流れを方向付けしておかないと。
■五ヵ年にわたった開宗千二百年慶讃大法会の成果を今後、どう生かしていきますか。
大法会で総授戒を行ないました。授戒は天台宗の教義にとって大きな柱です。戒を多くの檀信徒に保ってもらいたい。問題はそれをどう保っていくかです。
今までの授戒会の形式で現代人にアピールできるか再検討しなくてはならないかもしれません。関連する発心会についても、もっと各寺院に理解してもらわねばなりません。
■一般の人には戒を保つのはなかなか難しいですが。
戒をちゃんと自分で保っているかという意識があるかどうか。「戒を受けたから終わり」ではなく、生活の中で保たないと意味がありません。そこがまだ浸透していないようです。だから、私は「ちょっとだけ仏」と言っています。全面的に仏様のようにはできないけれど、自分が言葉で言う、行動を起こす、心に思う、その時に「仏様だったらどういうふうに考えて行動するか」とちらっと考えてみる。そういうことが戒律につながると思います。だから、「ちょっとだけ仏」を提唱していきたいですね。









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このページの最終更新日 2010年2月22日