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ジャイナ教と仏教

明治大学講師     渡辺   研二

同時期起源の共通基盤

 ジャイナ教は、今から約二千五百年前のインドで、二十四人のジナ(輪廻に「打ち勝った者」の意)の最後に 位置するマハーヴィーラ(大雄)によって始められ、現在に至るまで続いている古い歴史をもつ宗教である。 紀元前五〜六世紀の東北インドというのは、仏教の開祖ゴータマ・ブッダ(釈迦)の活躍した時代と地域にほぼ 重なっており、両者は同時代人ということになる。マハーヴィーラはジャイナ教の開祖と言われているが、すぐ 前にパーサという名の先駆者が認められることから、実際は改革者と呼ぶ方がふさわしい。
 同じ時期、同じ地方で起こったジャイナ教と仏教とは、姉妹宗教とか双子の宗教などと言われるほどよく 似ており、お互いにとてもよい比較の材料を提供している。例えば、人生を苦であるとみなすこと、輪廻転生、 業、過去仏思想をはじめ、解脱、涅槃、戒律、中でも五戒などはほとんど同じと言ってよい。両者の間には、 何かしら起源を同じくする共通の基盤を感じさせるものがある。
 インドにおけるさまざまな宗教のなかでも、ジャイナ教はとりわけ生命を尊重するという点でよく知られ ている。これは一、生き物を殺すなかれ。二、真実のことばを語れ。三、盗むなかれ。四、淫事をおこなう なかれ。五、なにものも所有するなかれ――といった五つの大きな戒(パンチャ・マハーヴラタ)の戒律規定の 第一番が「不殺生」(アヒンサー)であることからも彼らの生命尊重主義は重要な意義をもっている。
 ジャイナ教徒の信仰と生活様式は互いに密接に結びついている。ジャイナ教では、創造者である神は 存在しない。聖典は「神の欺瞞を信ずるな」と説いている。ジャイナ教は非暴力の教えを順守することに基づく 洗練された倫理観を提供する宗教であり、一切の生命の形態に対するユニークな尊敬心に基づいた宗教である。
 現実にジャイナ教の出家修行者は、空気中の小さな生物も吸い込んで殺してはいけないというので、口には マスクをつけている者がいる。また、雨期には多くの生きものが誕生し、その時期に種子は発芽するという理由で 辺りを歩き回るのをやめて、一個所に定住したりするのである。これを雨安居という。
 日常の立ち居振る舞い、食事、歩行に際しては、かれらは周囲にいる生物を殺さぬように細心の注意を 払っている。ジャイナ教徒は単に目に見える生きものだけでなく目に見えない微細な生きものにまで配慮している のである。
 多くのジャイナ教徒は貿易や商業に従事しているが、屠殺業や兵器産業には関わらない。すべてのジャイナ 教徒は在家であれ僧侶であれ、いずれも菜食主義である。ジャイナ教の実践の多くは、カルマの蓄積を避けたいと いう欲求によってでき上がっている。これは現代の倫理と関連性を見いだせるものである。特に菜食主義、 動物保護、死に直面したときの態度、ジャイナ教的寛容の理想に関してこのようなことが言えるであろう。
 ジャイナ教徒は、動物の屠殺に結びついている悪いカルマ(業)を蓄積しないということを確かにする 菜食主義者であるとみなされている。現代の医学の述語でいえば、人間の身体を清らかにし、身体になされる 暴力を最小限にすることは、肉の消費と関係があるとされている。古代の非暴力の教えに基づいている ジャイナ教の食事の習慣は、現代の科学的な関心事である脂肪の少ない食事、コレステロールの低い食事を 通じて個人の健康を増進することに寄与しているのである。
 動物を大切にすることは、長い間ジャイナ教の伝統となってきた。インドの歴史上、ジャイナ教は動物保護、 保護所の建設、捨てられ傷ついた動物に食物を提供すること、インドのほとんどの地域で行なわれる動物犠牲の 禁止を継続的に訴えることを働きかけてきた。ジャイナ教の在家信者は定期的に食肉処理場を訪れ、動物を 買い取り、その動物たちを逃がしたり保護したりしている。現代のインドでは、ジャイナ教徒によって経営 される製薬会社は、製薬の試験のために集められた動物たちに機能回復訓練を施し、解き放すということを している。
 仏教のことをたいへん詳しく研究した西洋の学者H・オルデンベルク(Oldenberg, Hermann 一八五四〜 一九二〇)は「もしわれわれがジャイナ教の聖典を読むと、そのたびに仏教徒の説を聴くように感じる」と 述べているのは象徴的である。  仏教とジャイナ教をたとえていえば、子供のころに同じ土地で幼児期を過ごした二人が、成長してやがて大人に なり、振り返ると、現在の置かれた立場や地位は違うが、共通の記憶を保っていた、といったようなものでは ないかと推測される。その共通の記憶が、仏教でいえば原始仏教聖典のなかに、ジャイナ教でいえばアーガマの なかに保存されていて、両宗教の教典中に並行句として伝承されているのであろう。
 最近の学者の研究によると、仏教の有名な七仏通戒偈『法句経』(ダンマパダ)一八三とジャイナ教の 祖師マハーヴィーラの出家の際の誓いの言葉が並行関係にあるということが判明した。
 すなわち、マハーヴィーラは出家を実行に移すとき、「五掴みの髪を引き抜いて、過去の完成者たちに敬礼し 『わたしによって、すべての悪しきことがなされないようにしよう』と考えて、サーマイカ行を受け入れる」と 言ったと伝えられている。
 この「わたしによって、すべての悪しきことがなされないようにしよう」というのが、七仏通戒偈『法句経』の 有名な「諸悪莫作」と並行関係にある表現である。アルダ・マーガディー語の原文とパーリ語の原文では明確な 関係が認められる。
 このように仏教の根本的な教えを伝えるとされている七仏通戒偈とジャイナ教のマハーヴィーラの言葉が一致を 見るということは、両教が根本的なところで、共通項をもっていた、というなによりの証拠とみられるで あろう。



わたなべ・けんじ氏=昭和二十五年生 まれ。大正大学大学院文学研究科博士課程(梵文学専攻)満期終了。昭和五十四年 から二年間ベルギー国立ゲント大学文学・哲学科研究員。現在、明治大学、 女子美術大学、亜細亜大学、大正大学、淑徳短期大学で講師を務める。主著に 『ジャイナ教 非所有・非暴力・非殺生その教義と実生活』、翻訳に中村元著 「ジャイナ教聖典と原始仏典における共通要素」(同『思想の自由とジャイナ教』 に所収)などがある。

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このページの最終更新日 2006年06月02日