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津市一身田町の真宗高田派本山専修寺で十八日から二十日まで、本寺専修寺(栃木県芳賀郡二宮町)に続いて大恩会(高田派第二世真佛上人七百五十回忌・第三世顕智上人七百回忌)が盛大に厳修され、全国から多くの檀信徒が参列して両上人の遺徳を偲んだ。平成十八年に国の重要文化財に指定された両上人像を初めて本寺から迎え、三日間にわたって満堂の御影堂に念仏の声が高らかに響き渡った。
親鸞聖人直弟の真佛上人(一二〇九〜一二五八)と顕智上人(一二二六〜一三一〇)は関東や三河など各地で活発な布教活動を展開。初期の親鸞教団の興隆発展に中心的な役割を果たすとともに、今日の真宗教団の礎を築いた。特に真佛上人は高田派の事実上の開山といわれる。
十九日と二十日は快晴に恵まれ、それぞれ約五百人の稚児と保護者らが太鼓門を進発。寺内町から山門を通って御影堂まで練り歩いた。
この後、大恩会が常磐井鸞猷法主の親修で営まれ、特に二十日は両上人ゆかりの真宗木辺派の木辺円慈門主、佛光寺派の澁谷曉真門主、興正派の華園真暢門主が焼香。四派一体となって両上人の大恩に深謝し、遺徳を偲んだ。
続いて法主が大要次のように「お言葉」を述べた。
「きょう四月二十日は真佛上人のご命日で、ちょうど七百五十回忌にあたります。真佛上人は親鸞聖人の数ある弟子の中で筆頭の弟子でした。高田に専修寺を建立され、親鸞聖人の布教の根拠地を定めていただいたことがどれだけ偉大なことであったかということを思うのであります。
今日の真宗教団にとりまして、真佛上人ならびに顕智上人は高田派だけでなく全真宗の大恩人であります。もしこの両上人がお出ましにならなかったら、今日の真宗教団は存在しなかったのではないか。親鸞聖人の教えもほとんど伝わらなかったのではないかという気がしてならないのです」