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曹洞宗  内局の無責任体質露呈   荼毘塔予算案の謎

2009年7月18日

六月下旬に開かれた曹洞宗(渕英徳宗務総長)の第百八回通常宗議会(國安格典議長)は、上程された「補正予算案附帯第一号『道元禅師荼毘塔近傍建物取得費支出の件』」をめぐって混乱を極めた。京都市東山区の円山公園内にある道元禅師荼毘塔そばの延べ床面積約六十六坪の家屋を取得するために、二億二千万円もの予算をつけようとした議案である。「金額が高すぎる」などとして議会は紛糾。否決後数週間を経た今でも「あれは一体何だったのか」と疑問視する声が宗議会議員の間から消えない。取材を進めていくうちに見えてきたものは、渕内局のずさんな金銭感覚と無責任体質だった。

「円山公園南 芭蕉堂! 価格 総額:23000万円」――曹洞宗が購入しようとした「荼毘塔近傍建物」の不動産物件案内書に、この文句が記載されている。

先月の宗議会が紛糾した原因の一つは、参考鑑定価格四千数百万円といわれていた「近傍建物」に、なぜ二億も払わねばならないのかという根拠を議員たちが求めたことにある。実際はごく単純なもので、内局が説明できなかった「二億円」の根拠は、この物件案内書にあった。「二億」は売り手側が付けた「値札」だった。

この物件案内書は機密文書などではない。不動産会社が公開しているものであるにもかかわらず、内局は議会中、このことを議員たちに全く説明しようとしなかった。

「可決・否決はともかく、この案内書が出てくれば議論は大分スムーズになった。少なくとも真夜中に採決といったことはなかったはず」「案内書を表に出せない事情があるのではないか。例えば内局と不動産会社との間に裏の取引があるとか」――宗議会議員の間からは、こんな声も上がっている。

案内書にある「近傍建物」の価格は二億三千万円。渕内局が上程した予算案は二億二千万円。若干の減額はあるが、ほぼ「言い値」である。一方で、宗務庁が外部専門家に依頼して出した参考鑑定価格は四千数百万円といわれる。その前提を無視して「言い値」の予算案を上程するまでに、どんな経過があったのか。

たとえ「裏取引」などの実態はなかったとしても、金銭感覚のずさんさは問題であり、宗議会に対する内局の説明責任は当然ある。

問題は予算額だけではない。渕内局は「近傍建物」を拠点に道元禅師荼毘塔を管理・護持していきたいとの方針を示していたが、荼毘塔は現在、京都市内のS寺によって管理されている。S寺の了解を取らなければ、宗務庁が荼毘塔にかかわることはできない。

「内局から何度かお話があったのは事実。しかし今までずっと、こちらで管理・護持させていただいているもの。今後もこの形を守りたいと、お断わりさせていただいた」。S寺の関係者はきっぱりと話す。

これについても問題がある。「S寺とは話がついている。『近傍建物』さえ手に入れば、荼毘塔を宗門で管理することができる」といった発言を内局部員から聞いたと、複数の宗議会議員が証言していることだ。

この「近傍建物」については土地の使用権という問題もある。「近傍建物」は公有地に立つもので、土地を購入することはできない。つまり二億円払っても、入手できるのは建造物のみ。土地は行政に地代を払って借りることとなる。

土地の使用条件について、同地を管理する京都市役所は「現状維持が前提となる」と話す。つまり「近傍建物」を購入した後で「曹洞宗」「道元禅師」などといった看板を出すことは許されないし、「近傍建物」を大改造することも不可能だというのである。

「個別の事情については相談に応じる」と京都市は話すが、ならば渕内局は宗議会に対し、京都市とのやりとりなどを説明する必要があったのではないか。「そんな報告は何もなかった」と、ある宗議会議員は内局の対応に不信感をあらわにする。

さらに、地理条件から見ても「近傍建物」を購入するメリットはなかったという指摘がある。「近傍建物」はあくまで「近傍」であり、荼毘塔に隣接しているものではない。地図上の直線距離では一見近そうに見えても、実際には大きく回り込む形で歩かねばならない。現地を実際に訪れた宗議会議員たちは、この物件が荼毘塔を管理・護持する拠点として本当に適切だったのかを基本的に疑問視している。

渕内局が「荼毘塔近傍物件」とかかわりを持つに至った背景や経過について、今では多くの宗議会議員が疑念を募らせている。「調べれば調べるほど、いろいろボロが出てくる。なぜこんないいかげんな議案が上程されてしまったのか。今からでも遅くない。内局は説明責任を果たすべきだ」と、真相解明を求める動きはやみそうにない。


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このページの最終更新日 2009年07月17日