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  時感断想 − 第3回

 1、    "仏性"はどこで        男女が半々の不思議さ


成田有恒

1、"仏性"はどこで
男女が半々の不思議さ

2、女性四代が並ぶ
孫に嫁が来てひと安心

3、この世との告別
蓮が降る、蓮が舞い散る

4、東西合同の感激
知恩院に増上寺の式衆





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 二十一世紀へかけて世界十六ヵ国が実施した人口調査が公表されている。興味深いのは総人口に占める男女の比率である。日本は一億二千六百万余のうち女性が五一%、男は四九%、女が二%ほど多い。中国とインドは逆で、いずれも一%前後男性が多い。十二億から九億八千万という巨大人口国だけが微差ながら男性上位だ。ロシアの六%は例外として、アメリカ、ヨーロッパ諸国、オーストラリア、ブラジル、南ア共和国すべてが女性上位である。いずれも二%前後の微差で、男女の比率がほぼ半々と考えていいだろう。
 男女がほぼ半々……これは出生の統計ではない。現在生きている人間をも含む。下限は出生、上限は死者をふくむ「生死」の数値である。
 いったい誰がこの「男女半々」という数合わせをやっているのか。子づくりの両親や医術者でないことは言うまでもない。身近を眺めれば女ばかりとか、一人でも娘が欲しい、と願う不均衡の家庭がやたらとある。
 法然(敬称略)は建暦二年(一二一二)の正月二十五日に入滅した。四十八巻伝(勅修御伝)によると正月三日、すでに病床に横たわる師を見舞った門弟たちが集まった。中の一人がぶしつけに「こたびの御往生、決定(けつじょう)か」とたずねてきた。法然はやわらかく受けとめて「我れ、もと極楽に在りし身なれば、定めて帰りゆくべし」と答えている。
 もと極楽に在りし身、とはそこからこの世に生まれてきたと意味しないであろうか。死はそこへ帰ってゆくだけのことと言う。
 男女半々の数値を見せられて、八百年前の法然の死生観、浄土への不退の信仰を聞けば、改めて過去世や来世を納得しないわけにはいかない。肉体は両親の受胎でつくられたにしても、そこに宿る仏性はどこで誰に与えられたのであろうか。私はなぜ男に、あなたはどうして女性身となって生まれてきたのか。

(H16.6.8〜H16.6.29)

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このページの最終更新日2004/08/17