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  時感断想 − 第17回

 1、    共に来縁を結ばん        戒律を伝えた鑑真和上


松浦俊海

1、共に来縁を結ばん
戒律を伝えた鑑真和上

2、布施の行の尊さ
被災者を救う慈愛博愛

3、戒律を護持して
倫理観呼び覚ます生活

4、金堂大修理に思う
祖先の教え正しく伝承





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   私は去る七月から、鑑真和上を開祖とする奈良・唐招提寺の第八十五世長老を務めることに なりました。
   およそ千三百年の昔、日本では仏教がようやく広まっていましたが、正式の僧侶となる儀式はまだ 行なえず、戒律を教える先生もいませんでした。
   そこで、ふさわしい戒師を招聘するために、栄叡(ようえい)・普照という二人の僧が唐に渡り、 十年間もの求法の結果、揚州の大明寺で戒律の講義をされていた鑑真和上と巡り会うことができました。
   二人は和上に日本へ戒律を伝えて下さるように懇請したところ、鑑真和上はご自身が渡日することを 決断されたのです。
   和上の来日は苦難を極めて、十二年間の歳月と五度の渡航挫折の末、六度目にようやく奈良の都に 到着され、聖武天皇はじめ多くの道俗に授戒をされました。たび重なったご労苦で、和上はそのときお目の光を失って おられました。
   後世、芭蕉は和上の肖像を拝し、「若葉して おん目のしづく 拭はばや」と詠み、唐招提寺の境内に その句碑を見ることができます。
   和上来日のいきさつを記した『東征伝』の中で、和上が渡日の決意をされた時、「日本の長屋王が僧に 供養した千領の袈裟の縁(ふち)には、『山川は域を異にすれども、風月は同じく天にあり。諸々の仏子に寄せて、 共に来縁(らいえん)を結ばん』の四句が刺繍してあったと聞く。真に彼の地は仏法有縁の地である。私とともに彼の国に 行く者はいないか」と弟子たちに問われました。
   「日本でわれわれ仏の弟子たちが多く集って、将来への縁(えにし)を結ぼうではないか」と和上が 言われたのであろうと、私は解釈をしたいのです。
   和上は、仏像・経典をはじめ、種々の薬品など民を潤す物も日本に持って来て下さった方として、 歴史に記されています。
   みなさまが、唐招提寺に相集い、鑑真和上と一会(いちえ)のご縁を結ばれることを、 心から願ってやみません。

(H17.10.18〜H17.11.8)

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このページの最終更新日2005/11/15