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| 時感断想 − 第30回 |
1、 異常な事件の連鎖 精神文化の基本的喪失 |
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今世紀が 「心の時代」 と言われ始めたのは、 一九八〇年代のバブルの崩壊の兆しが見え始めた頃からのことです。 そしてバブルの崩壊は、 戦後の荒廃から復興へと、 ひたすらに歩み続けた日本の社会が、 物質至上・拝金主義の悪しき究極を迎え、 経済大国日本を築いた戦後復興史の終焉の時をはっきりと迎えたことをも意味していました。 それから既に二十年以上が経つにもかかわらず、 連日報道される忌まわしくも異常な事件の連鎖は、 日本人の心の荒み、 心の崩壊そして日本人が矜持とすべきものを見失っている証左を端的に示しています。 この現実は、 日本文化の基本的な部分を疎外し続けて成った現代化への歩みの負の遺産が露出し、 その局面が反省の極にあることを示唆しています。 世界第二位の経済大国という呼び名の繁栄に反比例するように失ったものの多さには、 もっと多面的な注意が払われなければなりません。 殊に、 時流の中で私たちが徹底的に誤ったのは、 欧米的グローバルスタンダードと呼ばれるものを、 絶対なものでないにもかかわらず、 一辺倒に受け入れ続けたことでした。 先人たちは、 欧米的思考や物事に対しては和魂洋才というように換骨奪胎して対処してきたのです。 今、 誰もが気づき始めているのです。 私たちの心の内とそれを取り巻く社会の荒廃は、 何によってもたらされたのか。 バブル崩壊の本質的なところは、 政治的なものや経済的なものに限りません。 それは先人たちが永い年月をかけて築いてきた日本人が矜持とすべき清浄な精神文化の基本的喪失にもあるのです。 特に戦後、 半世紀以上にもわたって行なった宗教的情操教育の排除は、 一概には断定はできませんが、 悲しくもものの見事に、 心なき智恵ある小悪魔集団を作りだしたのです。 その上、 無宗教であることこそが最上とまで信ずる人々を世に氾濫させてしまったのです。 |
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このページの最終更新日
2007年02月27日