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  時感断想 − 第33回

 1、    地球環境と宗教        人間至上主義を超えて


谷口雅宣

1、地球環境と宗教
人間至上主義を超えて

2、科学技術と人間
新しい宗教的自然観構築を

3、科学的知見の導入
素朴な人間観の超克を

4、宗教と科学の一致
科学的知見と聖句の照応





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   地球環境問題がようやく国際政治の前面に上ってきた。しかし、この二十一世紀最大の問題をどう理解するかについて、人類はまだ合意に達していないようだ。私は五年前に生長の家から上梓した『今こそ自然から学ぼう』に「人間至上主義を超えて」という副題をつけて、この現代の思潮が地球環境問題の根底にあることを指摘したが、どれだけ説得力があったか分からない。
   人間至上主義とは、人間にとって何よりも大切なのは人間だから、人類の増殖と発展を至上価値として追求すべきとする考え方だ。「至上価値」という意味は、どんな犠牲を払っても擁護し、あるいは実現すべき価値ということだ。このような考え方に基づいて私たちは自然を人間の目的のために改変し、改造し、破壊してきた。今日の地球温暖化は、その結果であると言わねばならない。
   もし、この人間至上主義が問題だということを人類が合意できれば、地球温暖化や自然破壊の問題の解決は比較的容易だろう。そのためには人間至上主義的考え方を棄て、それに代わる――例えば自然至上主義的な――思想や信条を採用し拡大していけばいいからだ。そして、そういう思想・信条に基づいた社会制度や技術、ライフスタイルを構築していくことで、ゆっくりではあるが人類の進む方向に変化が生じていくだろう。ただし、その変化が地球環境の悪化の速度より速くなければ、多大な犠牲が出るのは言うまでもない。
   「人間至上主義を推進したのはキリスト教だ」という人が今でも時々いるようだが、責任転嫁の議論だと思う。なぜなら、神道の国とか仏教国とも言われる我が国によって、過去どれほど環境が破壊され、現在も破壊されつつあるかを、この議論は無視しているからだ。地球環境問題は人類共通の課題だから、すべての宗教が自分の問題として取り組むべきだと私は思う。


(H19.05.03〜H19.05.22)

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このページの最終更新日 2007年05月23日