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| 時感断想 − 第44回 |
1、 神仏同座の世界 曼荼羅の妙体示す修験道 |
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中世の安寿と厨子王の物語に、厨子王丸をかくまった丹後・国分寺の寺僧は、追っ手に対し、神仏に誓って知らないと言い切り、伊勢・熊野・石清水などの神々に交じり、「滝本に千手観音」「長谷は十一面観音」と仏たちも呼びたてて、誓文をたてたとある。那智も長谷も日本の大神と同列に位置していたのである。今でも表白・神分に誓文と同様、神仏の名が唱えられる。 歌舞伎「勧進帳」で、弁慶が富樫の追及に、正真の山伏一行「…大日本の神祇諸菩薩も照覧あれ」と見得を切るのも誓文の一つである。 修験道の崇拝対象は広い。天保年間の記録では「本尊を不動とし、大峰葛城の所々に鎮まる諸尊、諸菩薩、山岳、厳洞に至るまで悉く曼荼羅の妙体を示し云々」(修験十二箇条)とある。近年の勤行集にはさらに多くの神名が読み上げられる。修行僧時代、師が正月三が日のお勤めで神名帳を読み始めると、にわかに足が痛くなった程だった。 私はこの春、聖護院の門主として晋山した。神仏習合の精神をもととする修験教団の本山ご本尊に晋山奉告の表白文を披瀝した。 「役氏正統聖護院門跡第五十二世晋山の式に当たり謹んで般若教主三身即一釈迦牟尼如来当会本尊不動明王高祖神変大菩薩蔵王権現別而当山擁護新羅明神、大峰満山護法善神金峯熊野子守勝手宮金精明神等之神祇に告げ奉る」 役氏正統とは、光格天皇より聖護院宮に役行者の諡・大菩薩号を賜わった所以である。続いて仏祖を始め、本尊を唱え、宗門の祖たる山岳開登の役行者を先に立ててから、宗祖の感得神たる蔵王権現を挙げる。 新羅明神は、天台密教の祖智証大師円珍の入唐の帰路を守護された新羅の神である。円珍の法脈を継ぎ、聖護院を開いた増誉が請来し、明治までは五百坪を有する新羅明神社が境内に存在した。今も鎮守として境内の一隅に祠が祭られている。 奉告文は、さらに聖護院と縁の深い熊野大峯の霊地に座す神名を呼び挙げ、崇拝する神仏の御前に寺の所以、本人の覚悟を述べるのである。 |
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このページの最終更新日
2008年06月03日