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| 時感断想 − 第45回 |
1、 神々を祀るお堂 大杉に経唱え神を拝む |
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もう六十年近く前のことである。 比叡山の無動寺谷の小僧として回峰行の初百日を修行させていただいたことがある。二十歳半ばの生意気盛りで、足腰とも至極健康、山麓への上りくだりの通学もケーブルカーと競争したほどであるから、一日三十キロの回峰道も、わが庭を遊ぶが如しと調子込んで師僧に叱責されることしばしば。そのころの生意気をいま想うと恥ずかしさ一入(ひとしお)である。 回峰行は不動明王と一体無二となる修行であるから、もともとは一千日を満じなければ回峰行を修行したなどとは言えないし、一千日を満じてこそ生身の不動明王を感見し、また自らが不動明王の分身であることを自覚することもできるのであろうと想像する。 当然、私に回峰行なるものを語る資格などある筈はない。ただ、そのころから次のような一つの願いを持ち続けてきた。 回峰行は、一般的には無動寺谷と呼ばれる比叡山の南端の山坊から出峰(出発)して、規則に随って諸堂に祈り、山道(さんどう)の霊蹟を伏し拝む。そして根本中堂の上の広場へ出る。午前三時ごろである。そこには樹齢三百年の大杉が立ち、その前で行者は、日本全国におわします八百万(やおよろず)の神々を拝むのである。 すなわち三度まわって経を唱え、日本中の神々を頭に描いて拝む。その場所を作礼(さらい)の辻という。毎日これを繰り返しているうちに、ある朝ふと思った。比叡山は元来が神の山である、と言われた。その神の山に伝教大師は薬師、釈迦、弥陀の三尊を刻んで安置され、山の仏とされた。神の山に仏を迎えられたのである。 比叡山には神さまを祀る社(やしろ)が少ない。日本全国の神々を祀るお堂があってもよいのではないか。そんなことを考えながら、山道を歩いていた。 それから幾星霜。相変わらず、その場所へ来ると、ここに日本中の神々を迎え祀るお堂が欲しいと秘かに思い続けていたのが遂に実現する日が来た。平成九年、比叡山宗教サミット十周年。和労堂の再建に合わせて、この場所に萬拝堂が見事に建立された。神仏同座のお堂が顕現したのである。 |
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このページの最終更新日
2008年06月30日