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| 時感断想 − 第57回 |
1、 死生観への関心 「無常」を知らしめる映画
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「日本人は無宗教」と聞くと納得してしまうことが多い若者だが、「日本人の死生観」について話をするとにわかに関心を寄せてくる。先日も都内のある私立大学の特別講義で、この話題で講義をしたところ、講義後、近づいて話をしにくる学生が何人もいた。 講義ではサムライの死生観を現代風にアレンジしたマンガ作品『バガボンド』(井上雄彦作)に触れた。ある学生は、キックボクシングにいそしむ自分の心情がこの作品のそれと大いに通じ合うと感じているようだった。どうも最近、自分はキックボクシングに打ち込むことができなくなっているという。死生観を問うことと、そうした日々の迷いが重なりあっているのだ。 アカデミー賞外国語映画賞を受賞した滝田洋二郎監督作品「おくりびと」を見たかどうか学生に尋ねると、手をあげる者はさほど多くない。そういえば、私が映画館で見たときも観客は中高年以上の男女が多かった。だが、やがてこの作品はビデオやDVDを借り出して見る若者に親しまれていくだろう。そして、若者は作品を楽しみながら、それなりに宗教的な問いに出合うのではないか。 主人公の大悟と妻の美香はまだ若い。ストーリーはその二人に子供ができていくプロセスで展開する。大悟が納棺師という職を得たのを知り、いやがる妻は実家に帰ってしまう。沈みがちな生活を続ける大悟と、銭湯の常連で実は火葬場の職員である平田正吉が橋の上から、川面を見つめながら語り合う場面がある。 上流へと遡(さかのぼ)ろうとする何匹かの魚の横を同種の魚の死体が下ってゆく。大悟「何か切ないですよね。死ぬために上るなんて。どうせ死ぬなら何もあんなに苦しまなくても」。正吉「帰りてえんでしょうの。生まれ故郷に」 こうした箇所で、この映画作品は、無常を知ること、死にゆく身であることを意識しつつ生きていくべきことを教えている。宗教を身近に感じるところまでもう一歩とも言える。 |
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このページの最終更新日
2009年08月18日