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熟年夫婦の遍路"お接待"が支え

2008年2月5日付 中外日報(社説)

先日のある新聞に「遍路道をフルーツ街道に」という記事があった。総延長千二百キロとも千四百キロともいわれる四国八十八ヶ所の遍路道沿いにミカンや柿、イチジクなどを植え、お遍路さんにその実を食べてもらおうという計画だ。高松市のNPO「遍路とおもてなしのネットワーク」が四国各地の個人や会社に協賛を呼びかけ、すでに一部のコンビニや「道の駅」の駐車場周辺に植樹が始められているという。

記事を読んだ大阪府富田林市在住の藤田健次郎さんは「これこそ四国の"お接待"を象徴するニュースです。七十代にさしかかった私たち夫婦が"歩き"で四国を一周できたのも、いたるところで"お接待"の方々に支えていただいたからでした」と言う。

藤田さんと妻のフミコさんは、国の内外で三千~四千メートル級の山々に登った健脚夫妻だが、平成十八年四月から十九年四月まで、四回に分けて八十八ヶ所を巡拝した。近ごろはマイカーやバスツアーでの参拝が多いが、昔の遍路のように全行程を歩き抜いてこそ、世を去った近親者への供養になると考えた。

一番札所の徳島県・霊山寺を出発して右回りの"順打ち"を、延べ四十七日かけて歩いた。「三十日で回る若者もいるそうですが、体力を考えて歩みを進めました」。山を歩き尽くしたから平地を歩いてみるか、との思いもなくはなかったが、実際に歩くと、登山とは別の厳しさのあることを知った。「起伏の多い四国では、一日に必ず二つや三つの山越えをしなければなりません。靴は四足、履きつぶしました」

さて、藤田夫妻が金剛杖をついて遍路道へ踏み出すと、沿道の人々が待ちかねていたように、果物やお菓子の"お接待"をしてくれた。手渡した後で、夫妻へ向かって合掌する。自分たちに、拝まれるような徳があるのか。これが四国の人々の敬虔な"こころ"だと知った。

道路の向こう側を走っていた車が、わざわざUターンして近寄り、缶コーヒーを供養してくれたこともあれば「品物を持ち合わせていないので」と五百円玉を渡されたこともある。松山市の道後温泉近くでは「神の湯」の入湯券を一枚ずつくれた人がいた。「温泉の"お接待"とは、さすが道後ですね。おかげで、疲れが癒やされました」

最も感動したのは、徳島県南部の「バス善人宿」である。廃車になったバスの内部を宿泊できるように改造し、ふとんが用意されている。雨に濡れた体をふいていると、宿の主が品数の多い夕食を届けてくれた。箸を取ったところへまた一皿追加。「年配の方には油っこい料理がお口に合わないかと思い、あっさりした刺し身を持ってきました」とのこと。すべてが無償の"お接待"だった。

最近増えたのは"歩き"の遍路に対して「次の札所までお送りしましょうか」との"くるまお接待"だ。"歩き"にこだわる藤田夫妻は丁重に辞退したが、二回だけ好意を受けた。最初は徳島県内の林を抜ける道で、野猿が多いと聞かされた時。もう一回は高知県内のトンネルの幅が狭くて、大型トラックにはねられる危険を感じた時だ。

"歩き"の遍路の安全を図るためには、個人やNPOの"お接待"の心だけではどうにもならない。行政や、霊場会などの一層の配慮があれば、と藤田さんは訴えている。

札所では、納経所で朱印をいただく。バスツアー組が先着していると"歩き"組は長時間、待たされることになる。そんな時、一部の札所では"歩き"組を優先扱いしてくれた。"地獄で仏"の心境だ。

藤田さんは、これらの体験を率直につづった旅日記を『夫婦へんろ紀行』と題して大阪・東方出版(株)から刊行した。読む者に実感をもって迫るものがある、と反響を呼んでいる。