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「あたご」事故と三十年前の記憶

2008年3月22日付 中外日報(社説)

海上自衛隊の新鋭イージス艦「あたご」の衝突事故(二月十九日)は、最高水準の軍事技術を誇るハイテク艦の意外な盲点を見せつけた。事故に巻き込まれた漁船の親子二人は依然行方不明のまま。原因究明と責任関係をめぐり、一ヵ月余を経てなお収束しない海自側の混乱劇に、筆者は駆け出し記者時代のある情景を思い出した。

広島県呉市の海自呉地方総監部から地元の記者クラブに「岩国基地(山口県)を見学しないか」と誘いがあり、約十人の記者とともに参加した。「海路、総監が用いる艇で」というサービスぶりである。海上保安庁の巡視艇ほどの大きさで、なんとか全員がコの字型に坐れるほどの船室に案内された途端、トラブルが持ち上がった。若い隊員が、長いすに坐った某社の記者の腕をいきなり引っ張るように席替えさせようとしたからだ。その剣幕に「一体、何事?」と、みんな顔色を変えた。聞けばその長いすの中央は総監専用という。その部分だけシートの色が違っていた。

厳しい規律を教えられた若い隊員の目に、一行が行儀悪く映ったことは間違いない。その連中が、自分たちの最高幹部である総監の席に無造作に腰を下ろしたことで誇りを傷つけられたように思ったのか。あるいは規律を忠実に守ろうとしただけなのか。ともあれ事情を知らない部外者を大いに困惑させる行動だった。

添乗した総監部の広報課員がとりなし、岩国の海自基地を拠点にする「PS-1」(対潜哨戒機)などを見学して帰ったが、ざらついた不快感が残った。

もう三十年以上も前のことだ。当時はまだ自衛隊違憲論が根強く、国民に「愛される自衛隊」へとPRする努力が続いていた。総監部にも、夜間、自宅への筆者の訪問を喜び、初歩的な疑問にも丁寧に説明してくれるエリート幹部がいた。その後歳月を経て防衛庁は防衛省に昇格、緊密な「日米同盟」の証しとして自衛隊がイラクなど海外へ当たり前のように派遣される。日本の"軍事費"は、先進国では世界第四位に拡大した。近隣国の事情から国の安全保障への関心も高まっているが、皮肉にもそれと呼応するように海自の不祥事が続発した。

イージス艦情報漏洩も含め一連の不祥事には複雑な背景があるようだが、とりわけ「あたご」の事故は看過できないものを感じさせる。メディアの報道によると、「あたご」は漁船団が近づいているのに自動操舵を続けたという。見張りも不充分だった。隊員の「たるみ」が指弾されているが「そこのけそこのけイージス艦が通る」と言わんばかりの思い上がりを感じるとの意見も聞く。また、海自は海上勤務中心なので外部社会への配慮が足りないという評論もあった。

以後の経過も含め少し付け加えると筆者には、その根のところが三十余年前の不快な記憶と重なる。閉鎖的な「内輪の論理」を優先させる思考が増殖し、「愛される自衛隊」からどんどんかけ離れてきたという懸念である。

規律を重んじないといけない世界は幾つもある。昨今は、むしろ社会の至る所で規律を見失っているからさまざまな病理が噴出しているとさえ思う。宗教界も、厳しい修行と戒律を求められる世界である。しかしそれは、自己の心を深めるために自ら進んで分け入る世界である。

実質的には軍隊である自衛隊の規律が緩んでいては、国民にとっても不幸なことになる。しかし、その規律は組織内部だけのものであるという抑制と謙虚さが欠けてはいけない。有事には、自衛隊の機動性を確保するため国民の権利や生活が重大な制約を受け、そのための法制度の整備も進んでいる。そんな集団が外部社会との違いを顧みず、内輪の規律や論理を押し通すようではたまったものではないのである。