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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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大谷派の四季を句に詠んだ門衛

2008年5月10日付 中外日報(社説)

かつて真宗大谷派には、句仏(くぶつ)上人と呼ばれる法主がいた。親鸞聖人のことを「勿体なや祖師は紙衣(かみこ)の九十年」と詠んだ。俳号は「句を詠む仏弟子」の意味だ。本名の大谷光演よりも俳号の方が有名、というユニークな存在だった。

その句仏上人に影響されたのかどうか、本山・東本願寺で参拝者を案内したり諸堂の警備を担当する"巡監(じゅんかん)さん"=他宗派の門衛に相当=の中に、二万坪近い境内の見回りをしながら俳句を詠む人がいた。四十年余り前のことで、本名吉川末造さん、俳号は「芬嶺」。

吉川さんはもと、筆や墨を売る商人で、大谷派の宗務所へも注文取りのために出入りしていた。当時、多くの寺院の正式な文書は和紙に墨で書いたものだ。俳句雑誌を読んでいたお坊さんのそばに立ち止まり、作句談義をかわしたのがきっかけで、宗務所入りを勧められた。書道人口が先細り傾向にあったので、思い切って職業替えをした。趣味の立ち話が縁で採用が決まったのだから、牧歌的な時代であった。

だが、六十代近くなってからの転職だけに、とまどいも多かった。大谷派の巡監さんは四十八時間(二昼夜)交代制である。日が暮れて、お坊さんたちが帰宅し、寺の門をすべて閉じた後の門衛小屋の夜は、長く寂しかった。

・宿直の初めての夜虎落笛(もがりぶえ)

・門衛や春のあらしに寝つかれず

・山門をとざしもの音なき秋ぞ

無我夢中で最初の一年が過ぎると、本山の行事を歳時記ふうに観察できるようになった。まず新年は修正会である。

・法主いま仏に御慶(ぎょけい)申されし

・御本山鏡開きの僧六人

・門衛も年改まる茶を点てし

春になると参拝者が増えて、宗務所も活気づく。境内清掃の人々が、さっぱりした服装で出入りするのを見た。吉川さん自身も、身の周りのゴミを拾うよう心がけた。

・宗務所の中にも世間日脚のぶ

・作業する皆身綺麗(みぎれい)よ花の寺

・一日に一善花の屑拾ひ

五月から六月へ。日は長く、風はさわやか。「百間廊下」と呼ばれる長い廊下にも光があふれる。だが、暗い梅雨が近づく。

・宿直の六時の起床五月晴れ

・百間の廊下は長し風涼し

・お仏飯粗末に出来ず梅雨ごもり

夏の朝、門を開くと、門前の堀のスイレンが一斉に白い花を開いていた。

・本願寺濠(ほり)の睡蓮百開く

・門衛の持場たっぷり水を打つ

八月は東大谷本廟で、名物の「万灯会」――ナイター墓参がある。

・万灯会万灯色めく中にあり

・手をとりて万灯明り墓探す

深まる秋、お東さんの庭にも菊が香る。やがて紅葉が散り始める。

・門衛の小さき花園の菊さかり

・能舞台あり冬紅葉散るばかり

十一月は親鸞聖人の命日の報恩講がある。参拝者でにぎわう百間廊下。

・百間の廊下灯され報恩講

・宿直の夕餉お講の声聞こゆ

十二月はお坊さんも走り回る月だ。吉川さんも何となく気ぜわしい。

・堂障子およそ百枚貼り急ぐ

・煤掃きのすみし本堂詣でかな

一人の巡監さんが本山を句に詠む、のどかな時代は過ぎた。長い"紛争"の期間を通過した大谷派の宗務所には今、パソコンが活動し、万事がビジネスライクに処理されていく。他宗派も同じ事情であろう。堀のスイレンの姿は変わりないのだが……。