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宗門の若い力を生かせる環境に

2008年5月17日付 中外日報(社説)

若い世代の力が時代を動かす、という期待はいつの時代も語られ続けてきた。確かに歴史の転換期には、若者が時代を動かしてきた。後に明治政府で元老と呼ばれるようになる人たちも、回天の大業を担って奔走したのはまだ若いころだ。吉田松陰や高杉晋作は三十歳になる前に死んだが、彼らの及ぼした影響は計り知れない。

島地黙雷が山口県から京都に駆け上り、本願寺に門主を訪ねて時代の転換期への対処を進言したのは明治元年のことである。時の門主はこれに応じて、まだ三十歳前後の島地黙雷を参政に任じたという。急激な政治改革の時代に、宗門でも同様なことが起きていたことにあらためて驚きを禁じ得ない。

神仏分離、廃仏毀釈の嵐の中で、明治初期の仏教界は受け身の無力さがまずイメージとして先立つのだが、国家神道体制に最終的にからめとられてしまうまで、一貫して無気力なままであったわけではない。明治期の仏教界の動きを詳しく検証すれば、そこに沈滞を打開しようとする若々しい力が働いていたことを見ることができる。

さて、敗戦から六十年余りたち、そのわずかな時間に、世界規模での大変動が続いている。幾たびかの経済危機、社会不安があり、その間にも科学技術が社会全体の変革を促してきた。その余波は当然、宗教界にも及び、伝統教団も自らそれに適応して変化してきた部分もあろう。

そして今、ふと佇んで振り返ると、伝統仏教教団で、若い世代の活動の姿が見えにくくなっているように感じられてならない。いや、一方で地震など大災害の際に、中堅・若手の僧侶が各地で活動している情報はしばしば伝えられる。東南アジア各国への教育支援などの運動も報道される。中には月の半分を東南アジアの救援活動に費やしている僧侶もあると聞く。

ただ、こうした若手仏教者の活動は、宗門僧侶という立場とは別の、個人的な取り組みとして見られている傾向がありはしないだろうか。実際、社会的に目立つ活動は仏教各宗団の内部から評価されるより、まず一般のメディアなどで評価されることが多いように思われる。宗門の機関紙・誌が真っ先に取り上げるのはまれだ。

若い世代にとっては、宗門内部の組織やさまざまな条件に束縛されて活動するより、教団外部で自由に活躍する方が魅力的なのかもしれない。宗門内部で若者が懸命に精進しても、評価されるにはかなりキャリアを重ねる必要がある。そういった見えないハンディキャップが存在するのが実情ではなかろうか。だとしたら、宗門としては大きな問題だ。時代を動かす可能性のある若い力を組織の内部で働かせるシステムが、機能を低下させているわけだから。

確かに、教団の既成の組織内では、青年僧が自分たちで自主的な社会活動をしても、その活動を高く評価し宗門内で積極的に生かすのはなかなか難しい。こういった現実は、教団内にいるとよく分かるのである。他方で、若い僧侶の側も人的エネルギーを生かしきれない宗門の現実にはすでに失望し、教団に対して多くは望めない、という気分に陥っていることも多いだろう。

むろん、そのような関係は、宗門の将来にとって決して健全であるとはいえない。宗門がこのまま求心力を失ってしまえば、いずれは、宗門自体の存在意義は薄れてゆくのは確実である。

教団の若い力が、宗門の外よりも、宗門の内部にこそ活躍する場を見いだせる環境、組織をつくることが今、何より必要だ。確かに、この種の改革は外からのインパクトがないと困難だが、宗門に内在する活力をくみ上げる継続的な努力が求められるところである。