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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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自然観の変容

2008年7月19日付 中外日報(社説)

梅雨明けとともに夏山シーズンである。近年は、中高年層の登山がブームだといってよい。登山の目的は一般的には日常生活からの解放によるレクリエーションである。もちろん、観光とか森林浴による健康保持なども含まれる。

ヨーロッパで近代スポーツとしての登山が本格化したのは二十世紀初頭からだが、かつてのマナスル登山隊隊長槇有恒(まきありつね)氏は、ある文化講演会で次のように述べている。

「仏教がわが国の自然観に及ぼした影響は言うまでもなく、万象を慈悲の心をもって観ることであります。(中略)役の行者、白山の開山である泰澄、日光を開いた勝道、それから最澄、空海。これらの人たちをもって自然美の発見者と申すことは、仏者ならざる私の判らないところでありますが、ヨーロッパ文芸復興期に先立つこと五百年前に山岳を通して仏教的人生を深く経験しておったのであります」

空海は、下野国芳賀の出身である勝道が日光を開山したのをたたえた詩文「沙門勝道山水を歴(へ)て玄珠をみがくの碑 序を并せたり」を書いている(『性霊集』巻第二所収)。

下野国の伊博士の依頼で筆を執ったもので、日光の中禅寺湖を中心とする絶妙な自然美を見事に描写している。リアルで微細な筆致なので空海も登山しているのではないか、という説があるほどだ。

勝道が亡くなって三年目、空海四十一歳の弘仁五年(八一四)八月三十日付の詩文である。越えて七年(八一六)には空海は高野山の開創に着手している。

勝道が三度目の日光登山で登頂を果たしたのは、天応二年(七八二)三月のことである。空海は「私がもしも山頂に行きつけないならば、もはや覚りをあきらめる覚悟である。このような念願を起こした」「私が書き写した経典、絵像などは山頂にたどり着いたときに神に供養して神の威光をあがめ、生きとし生けるものの幸せを豊かにするためである」という勝道の言葉を伝えている。

空海の文言は自然美の称賛もさることながら、神の威光を称揚するのに終始している。

わが国の登山には長い歴史がある。それは山霊崇拝や山中他界観念の信仰であり、固有の民族宗教や修験道がまさにそれである。

毎年、登山者の痛ましい遭難事故があるが、寡聞にして修験者や山岳修行者が遭難したということは聞いたことがない。修行者は山岳の霊威を汚さぬように用便を始末するほどだ。そのような心配りは、遭難を回避することにもつながるのだろう。

ところがエベレストをはじめとするヒマラヤの登山者たちによる廃棄物の不法投棄の山積みが今や世界的な問題になっている。わが国の観光地もまた廃棄物による汚染は、年ごとに増加する一方である。

たとえば長野県の諏訪湖は周囲一八キロほどにすぎないが、ここ数年、湖岸で年間の不法投棄物が三トンにもなるという。まるで、ごみ捨て場と化してしまっている。観光地などで廃棄物の除去作業が行なわれる。が、不法投棄禁止の国民運動は起こらない。だから、ごみ拾いはいたちごっこである。アメリカなどでは車窓からの投棄にも罰金を科しているのだが。

以上述べたような諸問題は、宗教意識の欠落とともに大自然に対する畏敬の念や謙虚な心情までが現代人から遠のいてしまったことに起因するだろう。どうやら、人々の自然観がすっかり変容してしまったようである。

端的にいえば、目に見えない大自然の尊い無限力によって生かされているわれわれ自身が、近代合理主義の負の面に冒され、そうした目に見えないものを感じる感受性を失ってしまったのである。世界的な問題である環境破壊も、現代人が傲慢不遜な人間中心主義に堕してしまったことと決して無関係ではない。