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仏教発祥の国の貧しさと核開発

2008年9月25日付 中外日報(社説)

インド中部のナグプールから北へ約三十キロの小さな集落を訪ねたことがある。女性の地位向上や住民の生活改善を目指す地元のNGOの活動現場を取材するためだ。二十年近く前のことだが、当時人口約八百人のその集落の営みは極端に貧しかった。

その後急速に経済成長を遂げたインドは今、核廃絶・平和への願いに反して核開発に前のめりの姿勢が、国際社会から危惧されている。仏教発祥の国に似つかわしくない「核」への執着は、貧困に苦しむ人々に幸せをもたらすものかどうか。大いに危ぶまれているところだ。

ナグプールは日本では、インドの仏教復興を目指す佐々井秀嶺師の四十余年にわたる活動の拠点として知られる。人口二百万人を超える大都市だが、郊外には寒村が点在していた。目的の集落は橋のない幅百メートルほどの川をひざまで漬かって渡り、小高い丘を上りきった所にあった。サオリ村と呼び、素焼きのかわらの重みで押しつぶされそうな家々が並んでいた。

対岸に発電所があるのに村は電気がなく、水は女性たちが村外れの共同井戸でくみ上げ、頭に載せる水がめで運ぶ。自宅まで何度も往復しなければならず、女性には重労働だ。

「何年か前の火事で結婚を一ヵ月後に控えた十八歳の娘が死んだ。水がなく、どうしようもなかった」。女性たちは、そんな悲話をぽつぽつと語った。

家の中は昼間でも暗く、まれに訪れる来客は庭先で応対する。やせた土地で乏しい作物をつくり、わずかな家畜を飼育する自給自足に近い生活だった。

ナグプールの街中では物乞いに出会った。赤ちゃんを抱いた女性を見かねてお金を渡そうとしたら「そういうことをするから、彼女たちはなかなか自立できないのです」と、同行してくれたNGOのインド青年にきつくたしなめられたことを思い出す。

インドは、もとより複雑な社会だ。多様な人種、民族、宗教、言語が混在し、厳しい宗派対立で大規模なテロも起こる。貧富の格差が激しいのは、ヒンドゥー教由来のカースト制度の身分差別が大きな要因だが、二〇〇四年末に起こったインド洋大津波では、最も下層のダリット(不可触民)と呼ぶアウトカーストの人々が多く住む漁村が大きな被害を受けた。

大阪に本部を置くあるNGOは、被災漁民への救援活動を行なったが、現地を視察したスタッフによると、彼らは手漕ぎの漁船を失い、どこからも救済の手が届かず途方に暮れていたという。

そうした国内事情を抱えながらインドは現在、核兵器を五十個程度保有するといわれ、核大国と言ってもいい状況にある。一九七四年と一九九八年に核実験を行ない、包括的核実験禁止条約(CTBT)は批准せず、核拡散防止条約(NPT)にも参加していない。NPT非加盟国には核技術などを移転しない国際的な申し合わせがあるが、先日「インドは例外」とする合意が難航の末、成立した。つまり、インドは核開発にほとんど手を縛られることなく、自由に核燃料や原子力技術の輸入にまい進できるわけである。

「インドは世界最大の民主主義国」を理由に米国・ブッシュ政権がゴリ押ししたそうだが、その裏には核拡散防止よりも外交・軍事戦略を優先する米国と一部核先進国の原子力ビジネスによる国益追求という危険な計算があったと伝えられる。唯一の被爆国、日本も米国に追従したようで「これでは北朝鮮を非難できない」と、憤りよりむしろあきれ返ってしまったとの声を聞く。

もちろんインド側にすれば原子力発電など核エネルギーの確保という切実な事情があったのだろう。「核クラブの仲間入り」と、国の威信を誇示するかのような報道がなされているとも聞く。いずれにしても仏教史に名をとどめるこの国が新たな核開発競争の火種になりかねない危うさを感じる。かつて訪ねた貧しいサオリ村の情景との落差に戸惑うばかりである。