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新しい"神様"の出現を期待する

2008年10月4日付 中外日報(社説)

今から約五十年前、新聞記者だった筆者は、地方支局で何度も選挙報道を担当させられた。当時の衆議院は中選挙区制で、一つの選挙区の定数は三人ないし五人であった。選挙記者の役目は、開票報道で、いかに早く「当確」を打つかである。そのため事前に、過去の選挙での得票数を市町村ごとに調べ、票読みを重ねたものだった。

有力な候補者の選挙事務所にはそれぞれ"選挙の神様"と呼ばれる老練な仕切り役がいた。あと数日で投票という段階になると、選挙記者はそれぞれ各派"神様"に探りを入れて、各候補の得票予想をしてもらう。答えの大部分は「うちの先生が○万○千、ライバルのだれだれさんは△万△千というところだろう」などと、ごく大ざっぱな数字だった。

ところが筆者と親しいA氏は、一味違っていた。筆者の姿を見ると用向きを察し「一時間待ってくれ」と言って別室へ姿を消す。やがて一枚のメモを持って現われる。「オフレコやで」と言って渡された紙には、その選挙区の全候補者について「何万何千何百何十」と、十のけたまで詳細な数字が書かれていた。

投票が終わって、やがて開票。驚いたことに、A氏の予想はピタリ的中していた。ほかの陣営の得票数まで言い当てるとは、まさに"神業"だ。このA氏、市議会議長の経験者だが、自分では県議会も国会も望まず、保守系の代議士の陣営で選挙区を守る黒子役に徹していた。

同じ選挙区の、革新系議員本人に聞いた話である。「わが党が、労働組合に支えられているのは事実である。しかし、労組ほど頼りにならぬ組織はない。選挙のたびに『組織対策費』をねだってくる。早く言えば労組の幹部の飲み食いの費用だ。組織を通じてオルグ活動を重ねたはずなのに、組合員はいざ投票となると義理人情に引かれて、保守候補に入れる。本当に固いのは八百屋さん、豆腐屋さん、マッサージ師さんなど同業者組織です」。お断わりしておくが、あくまでも半世紀前の話である。

さて、各陣営にはもう一人、別の意味での"神様"がいた。出納(会計)責任者である。各選挙区では有権者数に比例して「法定選挙費用」が定められ、それを超える経費を使った場合は当選が無効になる。だが費用が極端に少ないと、不自然だとして選管の注目を引く。法定費用スレスレの金額で、いかにもっともらしい報告書を作るかが、会計の"神様"の腕の見せどころだった。

五十年後の今、こうした神話は昔語りになってしまった。票読みの"神様"がいなくても各新聞社が世論調査方式で優劣を予測してくれる。投票所での出口調査に基づいて、開票が始まると同時にテレビ各局が「当確」を打ち、選挙事務所でバンザイをさせる。ムダがないと言おうか、味気ないと言おうか。

そして各議員の陣営は、後援会や政治団体の組織が複雑化、肥大化して、一人の会計の"神様"では掌握しきれなくなったところもある。まさに神通力衰退の時代だ。その会計処理のほころびを指摘されるのが、農水大臣経験者に多いのはなぜだろうか。農林水産業の従事者は、概して信仰心あつい人々である。農村や漁村に崩壊の危機が伝えられる昨今、農水行政のかじ取りを誤ることのないよう、期待したい。

選挙の投開票に関する技術がさらに進めば、電子投票が広がるのは必至であろう。町村合併で自治体の規模が大きくなった今、かつての選挙の"神様"が、得票数を十のけたまで予測するという名人芸は消え失せてゆく。だが選挙制度がどう変わろうと、民主主義の大切さは揺るがない。そのことを広く知らしめるような新しい"憲政の神様"の出現が望まれる。