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中国の貴州省でふるさと再発見

2008年11月13日付 中外日報(社説)

「私たちは、中国の貴州省にハマっています。私はこれまでに五回行きましたが、機会があればまた訪れたい」と語るのは、京都府長岡京市在住の西幹夫さん(67)である。「子どもの目の輝きがすばらしい。曇りのない目に、また会いたいと思います」

西さんの貴州省行きに三回同行したという、京都市在住の黒川美富子さん(62)も言葉を添える。「少数民族の村に入ると、体がスーッと溶け込むようです。日本の"ふるさと"の多くは消えてしまった。でも貴州省の村々には、私たちが生まれ育ったふるさとの雰囲気が、そのまま残っているのですよ」

高知県の山村に生まれた黒川さんは、たびたび中国の辺境を訪れていたが、ある時トン(●)族の村へ行きたいと思った。中国映画「山の郵便配達」を見たからである。湖南省の山岳地帯を受け持つ親子の郵便配達員が二泊三日で村々を回り、リュックいっぱいの手紙や小包を届ける。その配達員がトン族の村で結婚式に出合う、という筋書きであった。

山々の姿も美しいが、配達員と住民の心の交流も美しい。「次の中国旅行の行き先は、湖南省のトン族の村へ」。黒川さんは顔なじみの中国のガイドに相談した。ところがガイドは「トン族なら貴州省の方が人数が多い。ミャオ(苗)族やプイ(布依)族などの少数民族の村もありますよ」と勧めた。

貴州省は、湖南省、四川省、雲南省に囲まれ、面積は日本の約半分。平地はほとんどなく、標高千㍍以上の山や谷がどこまでも続いている。愛用のカメラで、中国の自然や民俗の撮影行を続けている西さんも「行きたい。ぜひ行こう」と乗り気だ。仲間を集めてツアーを組んだのが平成十四年(二〇〇二)だった。

貴州省の所得水準は、中国でも最低のクラスだという。しかしトン族の村でまず見たのは、美しい瓦で葺かれた鼓楼(ころう)だった。五重塔の内部をがらんどうにしたような構造で、村落の団結を象徴しているそうだ。村人の憩いの場でもあれば、大事な会議を開く場所でもある。頂部に置かれた太鼓は、緊急事態を知らせる時に鳴らされ、村から村へとノロシのように情報が伝達される。

トン族やミャオ族の村では、川の上に風雨橋という架け橋がある。幅が広く、宮殿のような屋根がかぶさっている。欄干に沿ってベンチが置かれ、橋としての機能のほかに、集会場としても使われている。民俗信仰の神を祀り、祭礼の時は近郷から集まった若い男女が歌垣を催して、愛を語り合う。生活と宗教が一体化する場所だ。

この時に女性は、自分で縫い上げた飾り付きの民族衣装を着用する。縫い物上手だということをPRする意味もあるらしい。

「貴州省の村のホテルに泊まっていると、小さな童女に返ったような気がします」と黒川さんは言う。なぜなら、夜の明けないうちから鶏が時を告げ、早起きの人々の息づかいが伝わってくる。幼い日の郷里そのままである。

「農業は、人間の原点です。日本人も貴州省の人々と同じ農耕民族だったはずなのに、耕す人が減った。これでいいのかなと感じます」と嘆く西さん。

五回の旅行で西さんは、貴州省の姿をしっかりとカメラに収めた。三千枚のネガから約二百点を選び、このほど黒川さんの経営する出版社から『中国貴州省・少数民族の暮らしと祭り』を出版した。黒川さんはじめツアーの仲間六人が解説文や手記を寄せた。表紙は民族衣装を着た女の子の、おすまし顔である。この子の澄み切った目が、西さんや黒川さんを貴州省へ誘うのだろう。

このところ、中国との間にはさまざまな問題が伝えられているが、広い中国には純朴な気風の地域が多いことを再認識したい。

●=人偏に同