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オバマ氏当選とキリスト教右派

2008年11月15日付 中外日報(社説)

今年のノーベル経済学賞受賞者で米国プリンストン大学のポール・クルーグマン教授の著作『格差はつくられた』(早川書房刊)は興味深い内容だ。米国は先進国随一の格差社会だが、その格差は市場原理や技術革新が原因ではなく政策でつくられ、白人の人種差別意識が保守派によって政治的に利用された結果――なのだという。教授はそれを「保守派ムーブメント」と呼び、米国民の宗教的非寛容さも格差を招いた一因とする。同書は保守派衰退の必然性にも踏み込んでおり、四日の米大統領選での史上初の黒人大統領誕生を暗示していたかのようだ。

バラク・オバマ氏圧勝の理由はすでにさまざまな角度から報道されている。イラク戦争の失敗などブッシュ政権下で高じた米国社会の閉塞感、とりわけ昨年来の金融危機が市場原理優先の共和党に逆風を巻き起こしたという分析が一般的だ。オバマ氏の「チェンジ=変革」という旗印は格差是正が重要なポイントで、行き詰まった格差社会で新鮮に響いたことは間違いないだろう。

『格差はつくられた』は今年六月出版されたが、クルーグマン教授が脱稿したのは昨年夏である。当時、さほど注目されていなかったオバマ氏の名前は出てこない。

同教授によると、米国社会は戦後一九七〇年代ごろまでは中産階級が大多数を占め比較的平等な社会だったが、その後不平等と格差が急激に進んだ。節目はレーガン大統領の誕生と共和党の右傾化だ。レーガン氏は福祉の肥大化を攻撃し「小さな政府」を旗印としたが、それは政治的レトリックで、黒人に対する白人の差別意識を刺激した。福祉の受益者は貧しい黒人や移民で、その財源は豊かな白人が背負うからだ。

同教授はそのように共和党が白人有権者を取り込んでいった背景を説明し「保守派ムーブメント」の源は、一九六〇年代に高揚した黒人解放の公民権運動だったという。公民権運動は一定の成果を挙げ福祉も増進したが、一九六八年に運動の指導者キング牧師が暗殺されて以後、暴動が起こるなど先鋭化し、黒人保護政策と相まって白人の反発を高めた。それを政治的に利用することを共和党が学んだというわけだ。

公民権運動の盛り上がりはベトナム戦争と重なる。ただ当時、米国社会はリベラルな時代で、筆者の記憶では若者の反抗が起こり、ヒッピーやフリーセックスなどの言葉がよく聞かれた。裁判で妊娠中絶が合法と判断されもした。米国南部の黒人差別の歴史を引くキリスト教右派が、そんな風潮に「宗教倫理の崩壊」と危機感を強め、妊娠中絶や同性愛の禁止を求めてリベラルな民主党を拒否、強固な共和党支持層に回ったことはよく知られている。

米国はキリスト教徒が約八割を占め、国民の四人に一人はキリスト教右派の白人福音派といわれる。その福音派が政治的に特に大きな影響力を行使したのが、二〇〇四年のブッシュ大統領再選だった。ブッシュ氏は一期目から富裕層の減税や規制緩和を一段と進める一方、対テロ戦争を「十字軍」になぞらえ物議を醸した。だが、キリスト教右派から強い支持を受け、再選の際は「福音派の勝利」とまで言われたという。しかし、今なお数千万人が医療保険のサービスを受けられない状況は放置された。

クルーグマン教授は、その理由が白人の人種意識にあると断罪し、また今の米国民の収入格差は「近代米国史上前例のないもの」と批判する。そんないびつな社会が持続性を持てるはずはないのである。

オバマ氏の圧勝は、米国社会が人種の壁を乗り越え再びリベラルへと大転回したものと評価できる。だが気になるのはキリスト教右派の動向だ。この選挙では妊娠中絶や同性愛の是非が争点にならず、それをうかがわせる報道は乏しい。ただ、一部の米国メディアは「右派の挫折感」を報じている。キリスト教右派は従来、盛衰を繰り返してきたと聞くが、今そのあり方が深く問われているのではなかろうか。