ニュース画像
御影堂前階段で記念撮影を待つ小僧さんたち。2時間余りの儀式を終えてほっと一息
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

「高齢者対策」に幅の広い協力を

2008年11月29日付 中外日報(社説)

筆者の郷里は、高知県の漁村である。漁獲量が減少した今も人口約三百のまとまった集落だが、一日五往復あったJR駅までのバス路線がストップして十余年になる。

町役場も病院も商店街もJR駅の近くにある。タクシーを呼べば、片道五千円近くかかる。運転免許証を持つ高齢者は軽乗用車で、ヘアピンカーブの多い県道をJR駅まで走る。運転できない者はそれに便乗させてもらうしかない。

ある県の統計では、六十五歳以上の高齢者が加害者となった交通事故が、最近十年間に倍増したという。新聞記事で見る限り、アクセルとブレーキを踏み間違えた"突っ込み事故"は、高齢者が多い。

ある新聞の社会面に「正面衝突、姉妹死傷/祖父運転のドライブ暗転」という大見出しがあった。祖父が小学生の孫娘を乗せてドライブに出かけ、トラックと正面衝突したらしい。記事に添えられた写真では、対向車線にはみ出した祖父の車が大破していた。祖父はまだ六十代半ば、紅葉マークには間があるのに、なぜ運転を誤ったのか。

「事故防止のために、高齢者は免許証返上を」の声が上がっている。筆者の郷里の集落はまだしも、極端に過疎化の進んだほかの地方の"限界集落"では「町へは自分の運転で」が不可欠となる。離れ住む家族が「免許を返上しては」と忠告しても「まだまだ腕は確かだ」と聞き入れない。中には「杖なしでは歩けない私にとって、車は杖代わりだ」と主張する例を報じた新聞もあった。

投稿欄には「うちの老人は免許証を返上したがらない。警察で適切な指導をしてほしい」の意見を見ることがある。しかし、いかに警察といえども、家族の説得を聞かない高齢者に、強権を発動することは難しいのではないか。

こうした事情に配慮したのか、警察庁が「高齢者がより安全に車の運転を続けるための支援策」の確立を目指している、との報道があった。高齢ドライバーを排除するだけでなく、個々の高齢者の実情に応じたきめ細かい支援が必要、との見地からである。特に代替交通機関のない過疎地での支援策を充実させたい、との触れ込みだった。

警察庁の方針を具体化するためなのか、先日のある新聞で、運転免許証を自主返上した高齢者に、企業の協力でさまざまな特典を設けようとしている動きが報じられた。兵庫県では一部路線バスで運賃を半額に。鍼灸師会が初診料を無料サービス。愛媛県の金融機関は、定期預金の金利を〇・三%上乗せする。

埼玉県では一部の市でタクシー代一〇%引き。宮崎県ではホテル、旅館の宿泊料や入浴料を五~一〇%引き。東京都と近県では、ピザ代金を一〇%引きし、一部百貨店の配達料金を無料にするという。

しかしこれらは、必ずしも過疎地の救済策にはならないのではないか。今走っているバス運賃を半額にしたからといって、廃止された路線が復活するわけではない。より広い視点から、行政と警察の協力で、過疎地が求めるものは何かを見直すべきだろう。

先日の大阪市の三キロ引きずり事件は、約半月の粘り強い捜査で犯人と加害車両が割り出されたが、交通警察はどの都道府県も、ひき逃げ捜査で手いっぱいだ。高齢ドライバー対策には警察だけの取り組みでなく、各省庁の総合的な連携が期待される。

宗教界では、法要に参列する檀信徒を寺に迎えるため、マイクロバスを走らせている住職が全国紙で紹介されたことがあるが、月参り住職の車が便宜を図ることはできないだろうか。財施に対する法施も、多様化が迫られている。

なお筆者の郷里では町の補助で、朝夕に通学バスが走り、週数回、病院の診療車が訪れるようになったという。