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まさに灯々無尽志を継ぐ若者ら

2008年12月2日付 中外日報(社説)

「灯々無尽」と「油断」という言葉に関連づけて、アフガニスタンで今年八月末に起こったNGO「ペシャワール会」の職員、伊藤和也さん(当時三十一歳)誘拐・殺害事件を取り上げてみたい。発生から三ヵ月以上たち、容疑者の一人が拘束されたという報道はあったが、事件の真相は依然未解明のままだ。

首都カブールを拠点に活動する地元NGOの日本人スタッフ(仮にA君と呼ぶ)が、提携関係にある大阪のNGOに定期リポートを送ってくる。最近届いたリポートでA君は、伊藤さんの事件について「ペシャワール会ほど現地の人々に溶け込んで活動しているNGOは少ないのに、それでも狙われた」ことに強く憤る文章をつづっていた。

アフガンでは旧支配勢力タリバンが戦闘を激化して以来、伊藤さんの事件後も含めNGO関係者が襲われる事件が絶えない。そんな地域で身を守るには、地元の人々の信頼を得ることが必須だとリポートは強調する。ただ、A君は伊藤さんの無念の死を悼みながら、一つの疑問も呈している。「現場の慣れ」はなかったか、ということだ。

人々に信頼されているという気持があると、自分は安全だという過信が生まれる。その結果「これくらいはいいだろう」と状況を軽視しがちな経験はA君にもあるという。だがアフガンの治安情勢は日々変わっている。リスクは常に潜んでいるわけだ。"尊い菩薩行"も一瞬の「油断」が命取りになると言い換えてもいいだろう。

筆者は以前、一時帰国したA君に「なぜ、そんな危ない所にいるの」と聞いてみた。彼は「アフガニスタンは近年の地球温暖化で山岳地帯の積雪が解けてよく洪水が起こり、村が流される。夏は川が枯れ、農作物に被害が出て農村の収入がなくなり、子どもたちは学校に行けない。そうした困難を、現地の人々と一緒になって克服していく楽しさは、日本にいては分かりません」と話していた。

もう一つ、彼が力説していたのは「テロとの戦い」の不合理さだ。アフガンではNATO軍の主導のもとに地域復興支援チーム(PRT)が、学校や病院の建設などさまざまな援助活動をしている。その主な狙いは住民をタリバンから離反させることだが、NGOなどによる草の根レベルの支援活動とは違い、軍の資金の使い方は乱暴で住民の生活改善にはつながっていない。むしろ援助に携わる建設業者らの腐敗を招き、またPRTには文民も加わっているためNGOが間違われて武装勢力に狙われる。治安の維持に軍の存在は仕方なくても、テロ対策重視のPRTの活動には本来、無理があり、アフガンの復興にNGOが不可欠だとA君は主張していた。

米軍などの武力行使で治安は逆に悪化してきたためアフガン政府は、タリバンとの和解を探り始めたという。イソップ寓話の「北風と太陽」ではないが、軍事力が逆効果を生む具体的な事例をわれわれは今、見ているように思う。民間の力を結集したNGOの活動が今後、一層重要になっていくだろう。

とはいえ、いつ命を失うか分からない厳しい状況はこれからも続く。医療援助団体でノーベル平和賞を受賞した「国境なき医師団」は、二〇〇四年にスタッフ五人が殺害された事件の後、アフガンから撤退した。伊藤さんの事件で、今後日本でもそうした動きが強まっていくことも予想される。しかし、A君は「支援を必要とする人々がいるから活動するという人道支援の基本を忘れてはいけないと思います」と、リポートを結んでいた。

彼は伊藤さんより三歳下の青年だ。志を高く持った若者たちが「灯々無尽」の言葉のごとく、その志を受け継いでいく姿に筆者も励まされる半面、少しの「油断」もないようにと願わずにはおれない。