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"火宅"の争いを脱却すべき時だ

2008年12月18日付 中外日報(社説)

旧日本海軍の主力戦闘機ゼロ戦の試作機が完成した時、名古屋市の工場から岐阜県の飛行場まで、トラックで機体を運ぶ広い道路がなかった。試験飛行をするために機体は分解され、牛の引く荷車で、岐阜県まで運ばれた。

戦前の日本は自動車の普及率が極端に低く、一二五人に一台の割合。その時に米国は四・五人に一台だった。だから日本国内には、自動車を走らせる広い舗装道路は極めて少ない。最新鋭の飛行機を造っても地上を運べないという、笑うに笑えない事態が生じた。戦後しばらくは、当時の一級国道でも大部分が未舗装の砂利道だった。

米国の足元にも及ばなかった日本の自動車業界も、戦後六十三年を経て、ようやく肩を並べるレベルに成長し、トヨタの生産台数がGMを追い抜こうとするまでになった。"ガソリンを食う"米国車より、日本製のコンパクトな車がエコ時代にふさわしいと歓迎される風潮も、影響するところが大きかった。

このたびの、米国発の世界大不況の中では、信じがたい現象が起こった。世界の経済界に君臨してきた、ビッグ3と呼ばれる米国の三大自動車メーカーが「間もなく資金が底をつく」と告白したのだ。

三社は米議会に、公的資金による救済を求めた。だがその要請に当たって、各社首脳陣は、デトロイトからワシントンまで、自家用ジェット機で飛んで来た。まるで"殿様旅行"だ。さすがに議員たちは「節度ある姿勢で出直せ」と言って追い返した。

ようやく気がついた経営陣は、日本円で十億から二十億もの年俸を一ドル(約九十円)に減額、ジェット機は売り払い、自動車でワシントン入りした。

下院では、ビッグ3をつぶすわけにはいかず、リストラ実施などを条件に資金援助の方針を決めたが、上院は難色。具体策決定は、オバマ次期大統領の就任後になりそうだ。

ビッグ3経営陣の反省がモタモタしたのに比べ、率直に反省の意を表わしたのがブッシュ大統領だ。テレビ番組の中で「在任中の痛恨事は、イラクに関する情報の誤りだった」と告白した。イラクに精鋭部隊を送り込んだのに、大量破壊兵器は見つからなかった。反省したからといって、失われた人命は戻らないし、乱れに乱れたイラクの治安をどう収拾したらよいのか、めどが立たない。

約一年前の新聞に、テレビキャスターの鳥越俊太郎氏が「イラク戦争支持の責任を取れ」と題して寄稿していた。イラク侵攻を「大愚挙」と決めつけた上、さらに「私が今、最も腹立たしいのはブッシュさんではない」という。

イラク戦争が始まった時に、これを「正義の戦争」として支持した日本の中東専門家や知識人たち、小泉純一郎首相(当時)の自衛隊派遣を支持した政治家たちに、その判断に誤りがあったと反省した人がほとんどいない、と。

それから一年を経て、ブッシュさんは自己批判したが、日本国内で反省の声は出ずじまいだった。

世界大不況の影響で、日本経済も揺れに揺れた。自動車メーカーは軒並み生産台数を減らし、それがさまざまな形でほかの業界に波及している。だが舵取り役を果たすべき政界では、誰が首相になっても支持率を下げるばかりだ。

しかも各党の幹部は、大局を見ることなく、いつ解散すれば自党や自派に有利であるかにとらわれて、不毛の争いを重ねている。法華経譬喩品の説く"火宅"状態ともいえる。

このほど元参議院議員の平野貞夫氏が出版した『平成政治20年史』は、平成政治の二十年間が「議会政治や憲法原理が崩壊していく政治の連続であった」と断じている。"火宅"を打破するための大白牛車的政策を掲げる政治家の出現が待たれるところだ。