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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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仏縁に支えられ亡き妻偲ぶ短歌

2009年1月31日付 中外日報(社説)

・氷雨降る師走の町をさすらひて妻に供へむ栗おこは買ふ

京都府京丹後市峰山町在住の中西寿男さんはこれまで、妻に二度、先立たれた。最初の妻・八重子さんは昭和五十六年、四十六歳で。二度目の妻・ことゑさんは平成十九年、七十歳だった。八重子さんと連れ添ったのは二十四年間、ことゑさんとは二十三年間。どちらも銀婚式まであと一歩だった。「二人とも、夜勤の多い私を在職中、よく支えてくれました」

・事故告げるブザーの音にあたふたと配電盤へかけ寄りて行く

中西さんは関西電力の技術職員として、京都府北部の水力発電所や変電所に勤務した。その多くは山奥の施設で、放送局の電波が届きにくいし、届いても発電機の影響で雑音が入る。楽しみは、短歌を詠むことだけだ。「小学校の先生の影響で、短詩文芸に興味を抱きました」

・暮れてより風強まりし構内をスパナ握りて鉄骨に寄る

前妻の八重子さんを送った後、中西さんは過労で倒れたことがある。家の屋根に積もった雪が滑り落ち、道路をふさいだため、夜勤明けの身で除雪し、体力を使い果たした。

峰山町の臨済宗天龍寺派渓禅寺・船越貞宗住職(故人)が「事故を防ぐためにも支え役が必要だ」と言って、ことゑさんを紹介。昭和六十年に再婚した。

八重子さんと知り合ったのは、実家に近い京都府与謝野町の高野山真言宗西光寺・西脇佑憲住職(故人)の紹介だった。中西さんは臨済宗妙心寺派福壽寺(松本正徳住職・与謝野町)の檀徒だが、この地方では宗派の垣根を越えて僧俗の交流が盛んだ。

・昼寝してコタツにまどろむしばしにも見るは家事する亡き妻の夢

中西さんは、短歌ができると新聞に投稿する。古くは佐藤佐太郎、川田順、吉井勇、窪田空穂氏らの選を受けた。時代とともに選者は交代するが、中西さんの作歌のペースは変わらず、これまでの入選は二千百七十首を超える。最近では、二人の「亡き妻」を偲ぶ作品が圧倒的に多い。

・亡き妻をほめ上げくるる里人とうれしくなりて長く話しぬ

・誰も来ずもの言はぬまま日が暮れて胸に住みゐる妻と夕餉す

ある選者は、中西さんの詠みぶりに感銘を受けながらも「いつまでも亡き妻、亡き妻の繰り返しでは供養にならない。ほかの題材にも取り組んだらどうか」と忠告した。別の選者は「後ろ向きの思い出ばかり追わず、奥さまが今もあなたとともに生きている、という詠み方ができるはず」と助言した。「難しいですね。でも勉強してみます」と中西さん。

・かの世訪ひ妻のかたへに憩ひたし夜勤疲れのかの日のやうに

さて、中西さんの檀那寺の福壽寺には、雪を踏んで山門の脇の伝道板を見に来る人がある。季節折々の寺の風景を詠んだ中西さんの作品が掲示されるからだ。福壽寺には昭和五十五年、父・菊蔵さんの葬儀の日に詠んだ次の一首を最初として、毎月のように献詠してきた。

・わが父の位牌抱きゆく山門に夏の長雨夕べを降らず

福壽寺の寺報によると、中西さんが寺の境内で詠んだ作品には、次のようなものがある。

・父の忌をつとめて出づる山門に秋のはじめの風すこしあり

・声高く雀来鳴ける寺庭の草に四月の朝の露置く

・寺坂のほとり行く水よどむなく木立揺れつつ子歳暮れゆく

俳人・与謝蕪村や歌人・与謝野鉄幹にゆかり深い京都府丹後地方にあって、中西さんの詩情はやむことがない。二人の妻と"ともに生きる"佳吟が、さらにさらに生まれることを期待したい。