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リニューアルの裏側にあるもの

2009年3月28日付 中外日報(社説)

日本芸術院会員の竹西寛子さんが、近著のエッセー集『望郷』=青土社=に書いている。日本文藝家協会の理事会で、新たな取り決めを作るかどうかを審議した時、ある理事が、自分は取り決めはできるだけ少ない方がよいと思う、と発言した。

竹西さんはその発言に多少の違和感を覚えたが、後になって「事勿れ主義の消極的な意見でなく(中略)既定の取り決めの大幅な運用を怠らないようにという積極的な考えだったのかもしれない」と気付いた、と記している。必要な改革はしなければならないが、そうでない場合は慎重に、ということのようだ。

さて年度替わりの春は入学の春、卒業の春、人事異動の春である。そして一般新聞では、新紙面スタートの春である。「本紙、さらに楽しく」の予告記事が、各紙上に見える。

御同業をあげつらうようだが、今は大幅な増ページが望めない時代だ。紙面改革の実態を見ると、コラムのタイトルと執筆者が変わったり、決まりものの掲載日が移動したりの例もある。「読み慣れたあのコラムを」と探しても見当たらない時は寂しい。

「○○のページ新設」をうたう半面で、長年なじんできた「△△のページ」が消えてゆく。どの新聞も、新設ページについての予告は華々しいが、消えゆくページについては、触れたがらない。読者の戸惑いだけが残る場合も……。

新聞を読む時間は年を追うて短くなっている。一日に十五分とか、二十分などの調査結果もあるし、インターネットがあれば新聞は要らない、との声もある。そんな中で日本の新聞各社は、年中行事のように紙面改革を競い合う。

しかも多くの場合、情報の送り手の新聞社と、受け手の読者側の呼吸が必ずしも合致していない。その落差の発生を防ぐため、各社とも社外モニターを委嘱して意見を求めているが、メンバーの多くがいわゆる学識経験者であるため、議論が上すべりすることなしとしないようだ。

ここで筆者の記者体験談を記すことをお許しいただきたい。昭和三十年代の半ば、どの新聞も朝夕刊の社会面は一ページだった。全国紙大阪本社の編集局に転勤して気付いたのは、東京本社発信の社会面ニュースの大部分が、紙面化されないまま捨てられていたこと。そこで編集幹部に進言した。「社会面を二ページにして、東京発のニュースを収容しませんか」と。

だが、誰も相手にしてくれなかった。当時の大阪の社会部には、よほどの大事件でない限り"東京ニュースをもらって"社会面を作ったデスクは、力量が問われたそうだ。やがてある日、ライバル紙が突如、社会面二ページ制に踏み切った。すると編集局の空気は一変して「うちもあすから二ページだ」となった。

昭和四十年代の後半、国際競技で日本人選手の活躍が目立つようになった。サッカーやゴルフなど、外国人選手の動きが日本の注目を集める機会も増えた。欧米のニュースは夕刊の時間帯に入電するが、よほどのことがない限り、半日遅れで朝刊スポーツ面扱いになる。そこで「夕刊にもスポーツ面を」と提唱したが、これまた黙殺された。

退社後二十余年の今、スポーツ面のない夕刊を探すのが困難なありさまだ。筆者が気付いたほどだから、ほかにも社会面を増やし、夕刊にスポーツ面をと願う記者は多かっただろう。新聞業界の一部には「他社がやったら追随する」という気風があるのではないか。竹西さんのいう「積極的な考え」の境地には程遠い、とも思える。こういう裏話をお伝えすると「各紙、さらに楽しく」読めるかもしれない。

住職方の法話も、新聞作りと共通する点がありはしないか。宗派の伝統を守りつつ、新しい題材に触れる努力が要請されている。