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"第三の目"輝くブータンに心酔

2009年4月30日付 中外日報(社説)

「ヒマラヤのブータン。九州よりやや広い国土に、向上心に燃える人々が住んでいます。明治時代の日本も、恐らくこんな雰囲気ではなかったでしょうか。私は一昨年、昨年と二回訪れただけですが、この国が大好きになりました」と語るのは、天理大学名誉教授・前田久氏(英語音声学・音韻論)である。

前田氏は登山が趣味で、大阪鋭峰山岳会に所属し、ネパールやチベットを歴訪してきたが、鎖国が解除されたのを機に、仲間とともにブータンの山にも足を踏み入れた。外国人が通過するのは初めて、という地方もあった。

「ブータン人は、世界の国々への関心が高く、外国人の私たちに物おじせず、心を開いて接してくれる。学校教育は英語です。だから話が通じやすい。私がちょっと足を滑らせたら、通りかかった小学生が『大丈夫ですか』と声をかけてくれました」

公用語はチベット系のゾンカ語ということになっているが、近代的な概念を表現するには英語が便利なこともあり、英語で話す人が増えている。

一昨年十一月の初訪問の時、前田氏はブータンの山々の緑が美しいのに気が付いた。森林を守ることが国是とされており、どこへ行っても立派な樹木が茂っている。さらに二〇〇四年、全国土禁煙と定められた。山火事の発生率も下がることだろう。

一九七二年に十六歳で即位した第四代のジグメ・シンゲ・ワンチュク国王は開明的な性格で、農奴を解放したのをはじめ憲法制定、両院制の国会開設など、次々に近代化を進めた。まさに明治の日本だ。その中で特にユニークな提唱として注目されたのが「GNH宣言」である。

多くの国が数字を掲げて競い合うGNP(国民総生産)でなくGNH(グロス・ナショナル・ハピネス)つまり「国民総幸福」を大切にしようという。人間にはお金や物資では得られない幸福がある、との確信。仏教国ならではの、少欲知足の境地だ。

言葉を変えると、目先の欲にとらわれず、開発よりも自然保護を大切にする。その精神が国全体に浸透しているのを、前田氏は行く先々で感じ取った。国王に命じられたからやるのでなく、家訓として伝えられている。母系社会のブータンでは、祖母から母へ、子へと語り継がれる。

前田氏は昨年の訪問の際に書店で、その伝統を端的に表現した本を見付けた。『シーイング・ウイズ・ザ・サード・アイ』と題した英文の本である。原著者は首都ティンプーで旅行社の総支配人をしているT・サンゲ・ワンチェクというブータン人だ。

人間には二つの目があるが、さらにサード・アイ、第三の目がある。心の目ともいうべき第三の目で、ものごとを巨視的に見つめ、考えるべきだとの提唱だ。原著者はそれを、亡き祖母から教えられた。

第三の目は、絵画や仮面にも描かれ、広い知識や神仏の持つ先見性の象徴として、ブータンではどこでも見られると著者はいう。さらにこの本には、日常の生活や行事、家畜との共生ぶりが描かれ、その底にはブータン人の輪廻転生観が脈々と流れている。

前田氏は"ブータン人の心"を端的に伝える好著だと考えて邦訳し『ブータン・星と大地の暮らし・第三の目で生きる知恵』と題して京都・文理閣から出版した。巻末には原著者の死生観が、次のような言葉でつづられている。

「……死には偏りがない/公平に訪れる/誰にも訪れる/日没に例外がないように……/ブッダも生を終えたように/全ての生は終焉する/でも心を澄ませば死は怖くない/隣への境を越えるだけだ……」(前田氏訳)

ブータン人の第三の目を通じて仏教の原点を問う機会があってもよいだろう。