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心癒やされる国ネパールに感銘

2009年5月28日付 中外日報(社説)

ネパール語で「ビスターレ」という言葉がある。日本語に訳すと「ゆっくり」だが、「無理せずにやろうよ」といったニュアンスに近いようだ。

十余年前になるが、カトマンズ近郊の村で農民の鍼灸治療に専念していた日本人女性鍼灸師を取材した。日本のNGOから派遣されたそうだが「なぜネパールに?」という質問に、彼女が繰り返し語っていたのもこの言葉だった。「ビスターレ、ビスターレ」

日本では、何かにつけせかせかと気ぜわしい。ネパールは貧しいけれども人情は穏やか。時間もゆったり流れ、心が安らぐ。そんな心境を「ビスターレ」に託していた。そういえばこの取材の時、筆者はバングラデシュ、インドを経てネパールに入ったが、空港に降りた時から緊張がほぐれ、何かほっとした気分になったものだ。国民性の表われだろうか。

近年、NGOが学生らに参加を呼び掛け、アジアの途上国にスタディーツアーをすることが多い。単なる観光ではなく、国際協力活動の現場で異文化に触れ、交流を深め、また日本社会の過剰消費ぶりに気付くことなどを目的にしている。ツアーを手掛ける旅行社の話では、渡航先として最も人気がある国の一つがネパールだという。

今春、大阪のNGOが女子大生を中心に女性ばかり二十人で同国へのスタディーツアーを行なった。約十日の日程で、農村へのホームステイを組み込んだ。村には電気はあるが、一日に十四時間停電する。水力発電所が雨不足で充分稼動せず、よく故障もするという。水道は高台の給水槽から引いているが、停電で揚水ポンプが動かず、蛇口をひねったらすぐ水が出るというわけにはいかない。食事時には共用の井戸に長い行列ができる。調理は山で集めた薪が燃料だ。

そんな生活でも彼女たちの帰国後の感想文からは、体験への感動のようなものが伝わってきた。

「日本から見たら不便かもしれませんが、ゆったりとした生活には豊かさがあります」「ツアーで学んだ一番大事なことは、ネパールを"上から目線"で見ていたことに気づいたこと」「わずかな時間一緒に過ごしただけのおばあさんが、別れを惜しんで泣きそうな顔で抱きしめてくれました」「ネパールでもらった優しさやたくさんの愛を、これから出会う人たちにお返ししたい」

感想文を読み、久しく忘れていた「ビスターレ」を思い浮かべた。

ネパールの一人当たりGDP(国内総生産)は三百ドル余(日本は三万四千ドル余)。いわゆる後発開発途上国だ。王政下の政治の混乱や治安、天候不順などさまざまな要因で経済が低迷した。しかし、経済の発展は必ずしも人々の幸福を約束するものではない。ツアー参加者は、文明に依存せず、つつましく自然と共生する村人たちの営みがとても新鮮だったようだ。厳しい競争社会の入り口付近に立つ世代に、人の幸せとは何かという本質的な問いを考えさせる「学びの場」になったのかもしれない。

ネパールは釈迦が生まれた国である。ある在日ネパール人青年が、京都の大学の異文化理解講座で同国のイメージを学生百人に聞いたところ「エベレスト」に次いで「宗教的」「神々の国」「ルンビニ」という回答が多かったという。彼はまた、ネパールの生活文化に強い関心を示してくれたと話していた。上述の感想文と重ね合わせ、筆者には日本の若者たちが心のどこかで「癒やし」を渇望しているように感じられる。日本人の生活様式を見直すという意味で昨今「スローライフ」という言葉をよく耳にするが、それも根は同じところにあるのだろう。

そのネパールで、王政廃止後の政権内部の対立から再び政情不安が起こっている。国柄にふさわしい穏やかな解決を望むばかりだ。