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山門の掲示板を見つめたKさん

2009年8月20日付 中外日報(社説)

滋賀県の琵琶湖の湖岸逍遥が、このところちょっとしたブームだという。休日には近畿や東海地方からの日帰りツアーのバスを見かけない日はない、という声も聞く。見どころの多い社寺が各地にひそやかに立っているのが、一つの魅力となっているようだ。

琵琶湖大橋の東寄りに、ホテル・ラフォーレ琵琶湖がある。六年前の平成十五年、当時の総支配人が「宿泊客を増やすには、地元市民に親しまれるホテルになることだ」と考え、隣接する野洲市在住の写真家、八田正文さん=京都・大谷高校元教諭=と相談して、写真愛好家らと「琵琶湖一周カメラウオーク」をスタートさせた。

とはいっても、正式の日帰りツアーではない。琵琶湖岸を歩いて、湖国の風景の美しさを再発見したいという人々のため、ホテルのバスで送迎サービスをするものだ。

琵琶湖の周囲にはJRの各線が通じているが、湖岸すれすれを電車が走る場所ばかりではない。五キロ以上歩かなければならない所もある。だから琵琶湖ファンにとって、バス提供は大きなメリットがあった。歩き疲れた人は、途中で拾ってもらえばよい。

春秋二回ずつ四年間、湖岸を回った後、去年からは「北国脇往還ウオーク」にチェンジした。昔の中山道の関ヶ原(岐阜県)から木之本まで、北陸道のバイパスの跡を訪ねるものだ。観音像で有名な渡岸寺をはじめ"玄人好み"の古寺が多いコースである。

このウオークに八田さんは、近所の高齢の男性、Kさんを誘った。Kさんは途中の真宗大谷派寺院の山門脇に掲示された法語に注目した。「浄土にてかならずまちまいらせそうろうべし・親鸞」とあった。Kさんはその言葉を、食い入るように見つめた。

今年になってKさんは、がんが見つかり、手術を受けた。病床を見舞った八田さんに、Kさんは言った。「あのお寺の法語を、もう一度見たい」

八田さんは、ウオークの時に寺の掲示板を撮影していたので、プリントして届けた。Kさんは何度も読み返し、「いい言葉だ。これは何という語録にあるのだろうか」と尋ねた。やがて『末燈鈔』の一節であると分かった。そして六月、Kさんは浄土へ旅立った。八十三歳だった。

八田さんはすぐ、そのお寺を訪ねた。『末燈鈔』は本願寺第三世覚如の二男・従覚がまとめた親鸞聖人の語録集で、その一節は正しくは「この身はいまは、としきはまりてさふらへばさだめてさきだちて往生しさふらはんずれば、浄土にてかならずかならずまちまゐらせさふらふべし」であると知った。

六十年配の坊守(住職夫人)は「山門の法語は私が書いていますねやが、文章を探し出すのが大変で。みんな車で通り過ぎるだけで誰が読んでくれるわけやなし……。時々、高校生が立ち止まって読んでくれるのだけが楽しみやったが、そんな方がおられましたか。きょうはエエ日やった。元気が出てきました。また頑張って書き続けます」と八田さんに語った。

お寺の山門法語(掲示伝道という宗派もある)は、多くの寺院が、それぞれ言葉を選んで表示している。その努力はどの寺も同じと考え、ここではあえて寺号を記さなかった。

寺によっては、今年一月三十一日付の本欄で紹介したように、檀信徒の詠んだ短歌を掲示する所もある。また、季節の俳句を紹介したり、本山の教化宣教誌の一部を拡大コピーして張り出す所もある。個人で法語を探すのは大変だから、教区や組単位で言葉を選ぶ例もある。

全国八万ヵ寺の門前では数多くの人々がKさんや八田さんのように、それらの言葉を見つめていることだろう。法語がよりよき明日のための糧になることを信じたい。