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ブログの指摘を軽視してよいか

2009年9月19日付 中外日報(社説)

鳩山内閣発足の直前、あるブログが全国紙の報道姿勢について辛口の論評をしたことが注目された。要旨は、次の通りである。

「民主党の鳩山由紀夫代表が日本の月刊誌に、日米問題にかかわる論文を寄稿した。その内容を米国の有力紙が転載報道した。米紙は一部を省略したため、鳩山氏が基軸通貨としてのドルの信頼性に疑問を投げかけ、東アジア共同体構想の重要性を強調するなど、鳩山氏がことさらに反米の論評を述べたような印象を与えた。

さらにはテレビの討論番組に出演した自民党の論客が、米紙報道をもとに、鳩山氏の反米的姿勢を攻撃するような発言をした。またP紙とQ紙は、鳩山氏が米紙に、反米論文を直接寄稿したかのごとき記事を掲載した」

米紙の転載についてはほかの各紙も同様の報道をしたが、ブログの主は特にこの両紙に注目したようだ。

ブログは、日本文の記事の紹介だけでなく、鳩山事務所が公表した英訳文全文と、米紙の記事を併記している。それを読めば、要約によって反米色が強調されたことが分かる。

ハンドルネームを使っての匿名評論であるが、説得力に富んでいる。だから新聞界の一部OBからも「このブログ論評、無視できないな」との声が上がった。すでに日本の月刊誌を読んでいた元記者たちは「米紙の要約はフェアでない」とも指摘した。

ところで、ブログに批判されたP紙とQ紙は、どうしたか。まずP紙はブログを無視した形で、一面のコラムに、要旨次のように記した。「何しろ鳩山氏は総選挙前、米国を批判する論文を書き、米国内で『反米主義者』の烙印を押されようとしている。(中略)オバマ氏が日本の次期政権の対米姿勢に強い疑念を抱いていることは間違いないからである」

一方のQ紙は、ワシントン特派員二人による検証記事を掲載した。英訳文にして五千三百六十語の原文を、千六百六十語へと、約三割に縮めたため、全体の印象が変わったという。米紙の要約記事に乗った負い目があるためか、歯切れの悪い筆致で、日本の月刊誌と米紙の間には引用手続きなどにも行き違いがあった、とする。

「そもそも『東アジア共同体』構想は、米国が『日米同盟の相対化につながりかねない』と心配する微妙な問題だ。原論文で基軸通貨としてのドルに疑問を呈したのも、『中国と組んで米国に挑戦する気か』と受け取られる可能性がある」とも記している。

また、ブログから批判されていないR紙の一面コラムは「民主党の鳩山代表の論文が米国内で波紋を広げている。米国の『覇権』が衰える中で東アジア統合が必要になる、といった主張が、反米的と受け止められた。米国では全文が伝えられておらず、鳩山代表としては不本意だったに違いない」と評した。

さて、以前にも触れたが、ライブドアの元社長らがテレビ・ラジオ局の株式取得をもくろみ、その一人が「もはやジャーナリズムは不要だ」と豪語したことがある。ほんの数年前だ。志あるジャーナリストが反発したのが支えとなったのか、テレビ・ラジオ局の買収は実現しなかったが。

しかし今、大きな政治転換期を迎えて、匿名ブログが全国紙の報道姿勢を揺さぶった。日米間に大きな影響を与えかねない鳩山論文問題をめぐる検証で、大組織の新聞社が、一人のブロガーの努力に及ばなかったのだ。しかもある新聞はその指摘を黙殺し、ある新聞は歯切れの悪い筆致で後を追う。しぶしぶ検証したといえなくもない。

ジャーナリズムでは、不幸にして間違った時は、速やかに訂正することが必要だ。それができなければ、ジャーナリズムはもはや不要だろう。頂門の一針としてほしい。