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女性の地位向上は普遍的な課題

2009年12月8日付 中外日報(社説)

国連人口基金が先日発表した世界人口白書二〇〇九年版は、地球規模の気候変動には女性に配慮した対策が不可欠と訴えている。途上国では農作業などを女性労働に依存し、気候変動は女性に大きな負担を強いるからだが、そればかりではない。女性の立場や能力が軽視されがちな社会は不健全で女性への負担も増幅される。そのことが白書の主張のもう一つのポイントのようだ。それは何も途上国に限ったことではないと思う。

一つ事例を挙げる。

平成七年の阪神・淡路大震災の際、一時三十万人を超える人々が避難し、学校や公民館などの避難所は被災者でごった返した。食料や生活用品の支援など全国的に大規模な救援活動が行なわれたが、程なく女性避難者の間で「生理用品に困っている」「赤ちゃんの紙おむつが欲しい」など切実な要望が聞かれ始めた。

震災ボランティアらの会議で「どんな救援活動をするのか、という政策決定の段階で女性の声が反映されていなかったのでは」という意見が出された。簡易トイレの設置場所が悪く、性暴力の被害に遭った被災者がいたという報告もあった。女性への気配りが欠けると、何かにつけ思わぬ二次被害や不幸が発生する。一つの例証だろう。

地震は気候変動と関係ないだろうが、地球の温暖化が干ばつや予期しない水害の多発などの異常気象、海面上昇、氷河の融解と関連していることはすでに定説といえる。世界人口白書は、気候変動に伴う様々な災害への対応で女性が過度の負担を負わされている点が従来見過ごされてきた、という反省を踏まえ要旨次のように記述している。

「気候変動は富裕層と貧困層の格差を広げ、女性と男性の不平等を拡大させる。途上国の多くで女性たちは農作業の大部分を担っており、現金収入を得る機会が少ない」

「女性は家を切り盛りし家族の面倒を見るため移動が制限され、天候による自然災害では、その影響をますます受けやすくなる。干ばつや異常降雨が起こると女性は家族の食糧、水、燃料確保のため、より一層重労働を強いられる。少女たちは母親の仕事を手伝うため、学校に行けなくなる」

筆者がかつて南アジアの農村を取材旅行した時、頭に二〇リットルほど入るという大きな水がめを載せた女性たちが百メートル以上は離れた共用井戸から列を成して水を運んでいた。家庭で一日に使う水の量は、国によって差があるが、一人当たり数リットルなどにとどまることはあるまい。家族が多ければ大変だ。地域によっては何キロもの道のりを運ばねばならない所もあるという。干ばつ時の負担は想像を超える。

女性が気候変動の影響をもろにかぶるのは社会的要因に基づく。白書が気候変動への対応に「女性のニーズ、権利と潜在能力への配慮」を特に重視するのはそのためだ。女性の社会的地位の向上に消極的な社会は、むしろ気候問題を悪化させかねないとさえいう。

「炭鉱のカナリア」という古い例えを思い起こしておきたい。世に何か異変が起これば真っ先に不利益を被る弱い立場の人々に無関心だと、やがて皆に災いが及ぶという含意だ。同じような観点で以前、この欄で「ジェンダー理論が平和をつくる」という主張があることを紹介した。異変で「真っ先に不利益を被る」女性は命をはぐくむ存在だから女性の発言力が強い社会は人間同士が殺し合う愚かな戦争は選択しないという考え方だ。その際、今なお宗教の違いがもとで世界に紛争が絶えないのは宗教が男性の価値観中心でジェンダーの視点が乏しいからではないのかと書いた。

女性の地位の向上は、平和と環境の二十一世紀の普遍的な課題といえるのではなかろうか。エコロジーへの取り組みに熱心な宗教界も、今一度足元を見直す必要があるように思われる。