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影薄かった日本仏教

2010年1月19日付 中外日報(社説)

昨年十二月三日から九日までの一週間、オーストラリアのメルボルンで、第五回世界宗教会議が開催された。知られるように、「第一回世界宗教会議」(パーラメント・オブ・ワールドレリジョンズ)が開かれたのは一八九三年(明治二十六年)で、わが国からは鎌倉円覚寺の管長釈宗演が団長となって、土宜法龍(真言宗)、蘆津実全(天台宗)、八淵蟠龍(浄土真宗本願寺派)、柴田礼一(神道)らが、通訳三人を伴って参加した。彼らは世界諸宗教代表者二百人の前で、それぞれ日本仏教や神道の精神を、史上初めて世界に宣揚したのである。

この宗教会議は百年の間中断していたが、一九九三年にシカゴでようやく第二回が開催され、宗教対話の時代を背景に、以後五年ごとに開催されるようになった。今回はその第五回の会議であった。私事ながら筆者も旧知の米人教授の慫慂によって個人の資格でこの会議に参加し、あるセッションにおいて発表する機会を得た。

世界八十ヵ国から集まった宗教者とその信者たち約三千人。新装なったメルボルンの大会議場では連日、三十会場に分かれて千三百人の口頭発表が行なわれた。それはあたかも世界宗教の祭典であり、文字通りのパーラメントであった。大会の内容については別の機会を得ることとし、ここでは会議に出席して感じた「強烈な」印象だけを述べておきたい。

第一は、この百年の間に世界の諸宗教が、第二バチカン公会議を通して、単なる出会いと対話の経験から脱皮し、多様性の相互承認と地球的危機救済への協力へと質の変化を成しつつあるということである。換言すればそれぞれの宗教が、他宗教への自己顕示から、他宗教についての理解と寛容へと態度を深化させてきたという事実である。

しかも多様な信仰に生きる諸宗教の人々が、地球の危機を救うために果たさるべき宗教の役割のコンセンサスを共有しているという点も、心強い印象であった。

第二は、かつてそれぞれの地域で先住民の自然宗教を弾圧し差別してきたいわゆる"高等宗教"の人々が、いま過去のあり方を謙虚に反省しつつあるのが、大会全体の雰囲気ににじみ出ていたことである。今回の会場となったオーストラリアこそ原住民(アボリジニー)に対してさまざまな差別や弾圧をしてきたことに、世界で初めて国家的反省を行なった国である。

開会式の舞台では音楽や舞踊など、さまざまな宗教のデモンストレーションが演じられたが、それらがすべて壇上の端に坐っている、アボリジニー首長の直系子孫という母娘に捧げられたのは、筆者には誠に新鮮な印象であった。

グローバル化によって、今まで地球の片隅に押しやられていた発展途上国の民俗文化や宗教が再評価されつつあることは皮肉であるが、今回もあらためてそのことを確認した。日本からはアイヌの人が参加して、彼らの崇高な宗教感情を披歴された。

第三の、そして最も強烈な印象は、日本仏教の影が薄くなってきているということであった。この大会を通じて、筆者がただ一人の日本仏教僧侶にも出会わなかったのは、誠に意外であった。

昨年十二月二十四日付本紙によれば、全日本仏教会とWFB(世界仏教徒連盟)を代表して、全日仏国際交流審議会副委員長(WFB執行役員)の戸松義晴氏が単独参加されたという。片やダライ・ラマ十四世自らが参加して率いる多数のチベット仏教僧侶たちは、終始ロビーで派手なデモンストレーションを展開し、参加者たちに強い印象を与えた。

そのことの是非はともかくとして、一方で日本仏教がこのような形で、いま世界宗教の舞台から影を潜めつつあるのは、一体どうしたわけであろうか。筆者は深い疑問に包まれたまま帰国したのである。