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記念日過ぎれば載らぬ震災記事

2010年1月23日付 中外日報(社説)

阪神・淡路大震災から十五年目の「1・17」は、いつもより関心が高かったようだ。ハイチの大地震や震災時の負傷による「震災障害者」の存在が新たな課題として浮上したこともある。市民団体もさまざまなイベントを開催、筆者もその幾つかに参加したが、一つ気になったことがある。一部で聞かれた報道への厳しい批判だ。震災報道が曲がり角に来ていることを感じさせた。

一例を挙げると震災の人災的側面を語り継ぐ神戸市の被災者グループ主催のシンポジウム。住宅再建や生活支援のあり方をめぐり、災害被災者の居住権運動を進めるA弁護士、心のケアに取り組むB大学教授と震災報道に携わる全国紙社会部のC記者が討議した。

B教授は被災者の苦難や困難を伝えるのはジャーナリズムの基本としつつも伝え方に疑問を呈した。「昨今の報道は情緒的に流れ過ぎてはいないか」と。

「震災の原点の一つは過度の中央集権構造が被害を拡大したこと。そこを見据えていないと、震災報道の意義は半減する」と強調し「メディアは災害を"上から目線"で見ており、下から見る視点が乏しい。心に傷を負う被災者はそこにもどかしさを感じている」と決め付けた。

A弁護士は「住宅再建に公費助成を」という被災者の願いにもかかわらず、当初「私有財産に公費は出せない」とはねつけた国のかたくなな態度を早い段階で崩せなかったことが現在に尾を引いている、生活レベルの復興に格差が生じたのは、初期のボタンの掛け違いが大きいと主張。「日本は災害から個人を守る権利が確立していないから、災害があればいつも同じ問題を繰り返す」と、異なる角度からB教授の主張に賛同した。

傍聴者からは、ある市で最近ようやくマンション再建にこぎ着けたという報道について、こんな批判も出た。「管理組合の賛成多数で再建したようだが、費用を出せないお年寄りが震災以来、このマンションに独り住まいしていた。でも、報道はこのお年寄りを無視していた。管理組合は不動産価値を下げないため再建したそうで、再建後は転売に備えて空き室が目立っている。お年寄りはどうなったのか」

C記者は神戸支局勤務の時に震災に遭遇、今は大阪で取材活動をしているが、被災者との交流を続け、今回の震災取材班に加わった。批判に対し「新聞社も世代交代で取材班に震災を体験した記者がいない。そのために今見えていることだけで記事を書こうとするから違和感が生じるのかもしれない」と述べ、自身は個人的なかかわりを財産に、被災者の心に踏み込んだ記事を書くよう心掛けていると語った。

かつて震災報道にかかわった筆者も耳の痛い話が多かった。被災地では、復興の光と影の落差が年々広がっている。その構造的な要因を追究するにも持続的な取り組みが欠かせない。だが、討議の後C記者は心細いことを言った。「記者は熱心でも、もう1・17以外の時期に震災の記事は載りにくいんです」。メディア全体の姿勢が問われていると言うべきだろう。

もう一つ、震災ボランティアの活動調整などに尽力した故・草地賢一牧師の没後十年の「記念会」に触れておきたい。同牧師が生前「行政の下請けになったのではボランティアの自殺行為」と力説していたことは以前、この欄で紹介した。神戸で先日開かれた記念会には数百人が参列。会場では「近年、ボランティアなら何でも無条件で称揚されることが多く、草地牧師の遺志が生かされていない」という不満が聞かれた。これも震災報道に通じるメディア批判だと筆者には聞こえた。

被災地の今のありようは社会の縮図といえる。十五年が過ぎたから「もういい」で済むことではない。